| 731部隊 ネットで見かけたトンデモ議論(11) | |
| 2007年、米国立公文書館の文書公開 |
「731部隊」に関し、twitterではしばしば次のような内容の「つぶやき」が流れます。おそらくこれが、ネットでは最もポピュラーな「否定論」でしょう。
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※「フェル・レポート」を初めとするアメリカ側資料については、本731部隊シリーズ冒頭の、 「人体実験、これだけの根拠(1) 米国側資料① フェル・レポート」 「人体実験、これだけの根拠(2) 米国側資料② ヒル・レポート、ダグウェイ文書」にてまとめました。関心のある方はご覧ください。
※※「フェル・レポート」を否定しようとするほとんど唯一の論稿として、中川八洋氏『「悪魔の飽食」は旧ソ連のプロパガンダだった』があります。 その「稀少価値」ゆえにネットの「731否定派」にはもてはやされているようですが、内容は、ほんの数冊の731部隊関連本を読んだ程度の知識でその場の「思い付き」を書いたものにすぎず、研究者からは全く相手にされていません。 詳細は「中川八洋氏の論稿をめぐって」をご覧ください。
※※※念のためですが、「人体実験」「細菌戦」の事実は、別にアメリカ側資料のみから明らかにされているわけではありません。 731部隊関係者の研究論文、高級軍幹部の証言など、さまざまな資料が存在します。こちらについても、「人体実験、これだけの根拠(3)研究員たちの論文群」「人体実験、これだけの根拠(4)高級軍幹部の証言」などで、まとめを行っています。
※※※※当時のアメリカ側の関心は「石井部隊の研究成果を吸い上げること」にありましたので、これらのレポートでは中国で行われた「細菌戦」についてはほとんど触れられていません。「細菌戦」については、「細菌戦 これだけの根拠」をご覧ください。いずれにしても、アメリカ側資料で「細菌戦」の存在が否定された、などという事実は存在しません。
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米国立公文書館が731部隊(関東軍防疫給水部)に関する機密文書10万頁分を公開 《731部隊の人体実験・細菌戦の嘘が改めて明らかに》…併し、米国は好意から公開したのではない。 今まで反日勢力に散々あげつらわれ日本の残虐性の一例として利用されてきた、悍ましい〈人体実験〉をしていたと言われる〈731部隊の作り話〉が、米公文書の公開で明らかになった。こうして冤罪はひとつづつ晴らされて行く。 731部隊(関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全く見つからなかった。米国立公文書館は、石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡した事を裏付ける最高機密文書も明らかにした。 ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査する為、クリントン政権当時の1999年に編成された記録作業部会(IWG)は「人体実験」に留まらず「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も必死に探したが、それらを裏付ける証拠は何ひとつ見つからなかった。 (つまり1999年以降の調査で「性奴隷」が言いがかりである事はクリントン政権時には既に判明していたという事だ。併し、同盟国 米国は口を噤んでいた) 奉天(現・瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが「当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も発見された。 つまり米国が持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われた事は全て根拠なき捏造であったと証明されたのだ。 |
※deliciousicecoffee氏がどのような人物であるかは、こちらをご覧ください。
結論から言えば、731部隊(関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全くなかった。 米国立公文書館は、731部隊が満州で行った細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開した。 石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡したことを裏付ける最高機密文書も明らかになった。 文書内容の大半は731部隊など細菌戦研究に関する内容だった。 ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査するため、クリントン政権当時の99年に構成された記録作業部会(IWG)は、「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も探したが、証拠は見つからなかった。 奉天(瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが、「当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も公開された。 つまり、アメリカが持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われたことは全て嘘っぱちのでっち上げだったのだ。 |
| 旧日本軍「細菌戦研究」 米が機密文書公開 米国立公文書館(メリーランド州)は、旧日本軍が当時の満州(現中国東北部)で行った細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開した。 石井中将 尋問記録も 文書目録によれば、石井四郎軍医中将を含む731部隊(関東軍防疫給水部)関係者の個別尋問記録が、今回の公開分に含まれている。また、細菌戦研究の成果を米軍に引き渡したとされる石井中将が、米側に提出する文書を1947年(昭和22年)6月ごろ執筆していたことを裏付ける最高機密文書も今回明らかになった。(ワシントン 山本秀也) 戦争犯罪を立証 今月12日に公開された機密文書は、ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査するため、クリントン政権当時の99年に米政府の関係機関で構成された記録作業部会(IWG)が、米中央情報局(CIA)や前身の戦略情報局(OSS)、日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)などの情報文書を分析し、機密解除分をまとめて公開した。 IWGの座長を務めるアレン・ウェインステイン氏は、「新たな資料は学者らが日本の戦時行動を理解する上で光を当てる」と意義を強調するが、作業は「日本の戦争犯罪」を立証する視点で行われた。日本語資料の翻訳と分析には中国系の専門家も加わっている。 細菌戦などに関する米側の情報文書は、これまでも研究者が個別に開示請求してきたものの、一度にこれだけ大量に公開された例は少ない。 情報の一部は34年(昭和9年)にまでさかのぼるが、終戦の45年(同20年)前後4年分が大半を占めている。 文書内容の大半は731部隊など細菌戦研究に関する内容だ。公開文書の概要によれば、37年12月の南京事件に関する文書が一部含まれる。IWGでは「慰安婦問題」を裏付ける文書も探したが、「目的を達せず、引き続き新たな文書の解析を図る」と述べるなど、調査では証拠が見つからなかったことは認めている。 日本の使用警戒 細菌戦の研究競争が大戦下で進む中、米側は日本の細菌兵器使用を終戦まで警戒していたほか、奉天(現瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われた形跡がないかを戦後調べたことが判明した。同じく米本土に対しても、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないか、米海軍研究所が回収した現物を大戦末期に調べ、「細菌の散布装置がついていないことから、当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も公開された。 細菌戦に関する米国の日本に対する関心は、44年ごろから終戦までは、細菌兵器の開発状況と731部隊の活動実態の解明に重点が置かれ、終戦から47年ごろまでは、同部隊関係者への尋問による研究成果の獲得へと、重点が移っている。 米側が最も強い関心を抱いたのは、731部隊を指揮した石井中将だった。45年12月の情報報告には、千葉県の郷里で中将が死亡したことを装った偽の葬式が行われたことも記されているが、翌46年から47年には中将に関する報告や繰り返し行われた尋問の調書が残されている。 保身引き換えに 石井中将は自らと部下の保身と引き換えに、細菌戦研究の成果を米側に引き渡したとされてきたが、47年6月20日付の米軍最高機密文書は、こうした説に沿う内容を含んでいる。 「細菌兵器計画の主要人物である石井中将は、問題全体にかかわる協約を現在執筆中だ。文書には細菌兵器の戦略、戦術的な使用に関する彼の着想が含まれる。石井中将の約20年にわたる細菌兵器研究の骨格が示される見通しであり、7月15日には完成する」 同じ文書には、「日本南部の山中」に隠されていた「細菌に侵された200人以上から採取された病理学上の標本スライド約8000枚」が、47年8月末までに米側に提供されることも付記されていた。 米側では日本からの情報収集を急ぐ一方、冷戦でライバル関係となる旧ソ連に細菌戦に関する情報が渡ることを強く警戒していた。ハバロフスク裁判のため、旧ソ連が請求してきた細菌戦関連の証拠引き渡しを渋る一方、約30人の731部隊関係者が「モスクワ近郊で細菌兵器の研究プロジェクトに従事している」とする48年4月の情報報告も今回明らかにされた。 (2007/01/18 10:26) http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070118/usa070118004.htm(「ゆう」注 現在はリンク切れ) |
| 近藤昭二『米軍接収資料の返還と七三一・細菌戦資料の行方』(下) この結果は二〇〇七年になって公表された。七年に及ぶ作業で八〇〇万頁の文書をチェックしたという。(P53-P54) 二〇〇七年一月、三種のガイド・約一〇万ページ分の以下のリストが発表された。 *Japanese War Crimes and Related Records:A Guide to Records in the National Archives compiled by Greg Bradsher. 日本の戦争犯罪と関係記録:国立公文書館の記録ガイド(一七〇〇ページ余) *Researching Japanese War Crimes Records : Introductory Essays by IWG 日本の戦争犯罪の記録探求(二三〇ページ余) *Selected Documents on Japanese War Crimes and Japanese Biological Warfar 1934-2006 compiled by William H.Cunriffe 日本の戦争犯罪と生物戦の記録選(一七〇ページ、一二五〇件) 結果は、この中には、先のフェルやヒルの報告書は含まれていたが、しかし、七三一部隊から吸い上げた一次資料は含まれていなかった。(P54) (『戦争責任研究』2012年春季号所収) |
| 近藤昭二『細菌戦部隊の史料と一将校の顛末』 ただしアメリカで見つかっている資料は、公文書館や軍の基地など各地に分散しており、日米の研究者にとってすこぶる不便となっていた。そのため筆者が意識的に731部隊の関連資料を集めるようになったのは、1989(平成元)年、細菌兵器にまつわる戦後の日米の協助関係とその系譜といった番組をつくることになったのがきっかけだった。(P236-P237) その後、14年の間に10本を越す731部隊の関連番組を制作するうち、先人の発見されたものを含めて、ワシントンの公文書館をはじめ、議会図書館、マッカーサー記念館やフォート・デトリック、フォートミード、ダグウェイ実験場などの陸軍の基地、ロンドンの公文書館から少しずつ集まった文書が、約6000頁近くになった。 研究者の便宜を図るためにそれらを整理して『731部隊・細菌戦資料集成(CD-ROM版)』としてまとめた。(P237) (『NO MORE 731日本軍細菌戦部隊』所収) |
①結論から言えば、731部隊(関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全くなかった。 ②米国立公文書館は、731部隊が満州で行った細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開した。 ③石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡したことを裏付ける最高機密文書も明らかになった。 ※「ゆう」注 「個別尋問記録」は従来から知られている資料です。 ④文書内容の大半は731部隊など細菌戦研究に関する内容だった。 ※「ゆう」注 記事にはこうありましたが、先に触れた通り、実際には「細菌戦(生物戦)」に関する内容はごく一部であるにすぎなかったようです。 ⑤ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査するため、クリントン政権当時の99年に構成された記録作業部会(IWG)は、「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も探したが、証拠は見つからなかった。 ※「ゆう」注 「731部隊」とは関係ありません。 ⑥奉天(瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが、「当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も公開された。 ※「ゆう」注 原文はこうでした。 ⑦つまり、アメリカが持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われたことは全て嘘っぱちのでっち上げだったのだ。 |
今朝の産経新聞によると、アメリカが731部隊に関する機密文書を公開したそうだ。 この記事を書いたワシントンの山本秀也記者は、見出しの一つに「戦争犯罪を立証」と書いているから、てっきり細菌戦を行った証拠があったのかと思って緊張して読んだが、細菌戦研究はしたものの細菌戦を行った証拠は全くなかった。 |
| フェル・レポート 高度約二〇〇メートルの飛行機からペストノミを散布した二回の試験において特定の地域に流行が起きた。このうちのひとつでは、患者九六人がでて、そのうち九〇パーセントが死亡した。 鉄道沿いに手でペストノミを散布した他の三回の試験では、どの場合も小さな流行は起こったが、患者数は不明である。コレラを二回そして腸チフスを二回、鉄道の近くの地面および水源に主導噴霧器でまいたところ、いずれのばあいも効果があるという結果を得た。(P298) (松村高夫編『<論争>731部隊』所収) |
(2016.5.3)
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