レア 18
タヌキの肉はそのまま白魔に預け、適当に食事を摂っておくように告げると、レアたちは這いずって洞窟の奥へ戻った。
女王の間(仮)に戻ると、スガルの凍結は解除され、レミーと2人で一行を待っていた。
マリオンがさっそくレミーにインベントリの自慢をするのを横目に見ながら、レミーとスガルのINTに経験値を振る。
「レミーも試してみたらどうだい?マリオン、レミーに教えてあげるといい」
丁度いい機会なので、マリオンの説明でレミーがインベントリを使えるようになるのか確認してみることにする。
最初のうちは何を言ってるんだこいつはというような顔をしていたレミーだが、マリオンが何度かインベントリを操作するのを見たところ、すぐに使えるようになった。
誰かに教わらなければ使えるようにならない、という仮説がどうも有力のようだ。さらに言えば、実際にその目で確認しながら教わる必要がある。
教える側に教えるつもりがなかったとしても、見ていれば覚えるのだろうか。もしそうならば、この先プレイヤーと接するNPCが増えていくにつれ、インベントリを使えるNPCも増えていく可能性がある。
もしそうなれば、どうなるだろうか。
まず、物流業界が崩壊する。
荷物を運ぶだけならば、人が一人いれば事足りるようになり、馬車などの需要も激減するだろう。
馬車を初めとした物流に関するあらゆる産業が打撃を受け、輸送コストの低下にともなって物価も下がるだろう。未曾有のデフレに襲われる可能性がある。
生鮮食品もいくらでも遠くに輸送できるようになる。足が早いために価値があるとされるものは、軒並み価値が下がるだろう。
食品などは、よほど絶対数が少ないもの以外は、おしなべて価格破壊に襲われる。
また、傭兵たちがモンスターを狩る際の効率も跳ね上がる。
これまでは現地で解体して、持って帰れる分しか街へ供給されることはなかった。
しかしこれからは狩った獲物をまるごと持って街へ帰る事ができる。
食料や水の輸送もノーコストになるため、遠征の際にペース配分をする必要もないし、どれだけ長い旅になっても、いくら狩っても、それ自体が遠征の失敗につながることはありえない。
兵站の概念が消え失せるのだ。
そしてそれは軍事行動にも言える。
最も早く、インベントリを軍に導入した国が、この大陸の主導権を握ることになるだろう。
大陸は大戦国時代に突入だ。
建築業界なら、石材や木材は一人で運んで必要なところにそのまま出せる。高価な家具が、輸送中に破損する危険もない。
漁業もそうだろう。漁獲量は船のサイズに依存しない。
農業ですらそうだ。豊作のときの蓄えを、いつになっても採れたての状態で出荷することができる。
極論を言えば、その年の税のための取れ高をごまかすことも容易だ。他人のインベントリの中のものは誰であっても干渉できない。
いまレアがぱっと思いつくのはこのくらいだが、この程度ではないだろう。
インベントリが開放されれば、究極的には人は家さえ必要なく、それはもはや土地に縛られないということだ。
もはや国は体をなさなくなり、経済は崩壊する。金をありがたがるものはいなくなり、取引は宝石や貴金属そのもので行われるようになる。
表に出してあるものはすべて誰かに持ち去られ、しかもそれを証明できない。
だれもが何もインベントリの外に出さなくなり、宝石取引さえ信用手形で行われるようになるだろう。
そのうちにその手形さえも使うものは居なくなり、取引という行為そのものが変化を余儀なくされるだろう。
インベントリの使用を前提とした、全く新しい経済体系の始まりである。
とは言ったものの、さすがにそこまで大事にはなるまい。
仮に本当にワールドシミュレーター級のハードウェアで異世界をエミュレートしているとしても、さすがに経済が崩壊しそうになったなら運営も介入するだろうし、そもそもそのように世の中が推移していくとも限らない。
もとよりレアは先のAI関連技術同様、経済も素人だ。下手の考え休むに似たりというやつである。
教えるつもりがない場合は技術の継承が行われない可能性もまだ残っている。現に、スガルも試そうとしているが成功しそうな気配はない。
「じゃあレミー、使えるようになったのなら、今度はそれをスガルに教えてやってくれないか。ちゃんとお手本を見せるんだよ」
レミーがスガルにインベントリを教え始める。レアは後回しにしていた、スガルのスキルの確認を行うことにした。
やはり、見たこともないスキルがある。
『産み分け』とか『多産』とか、どう見てもプレイヤーが取得できるとは思えないものも若干気になるが、レアの目を最も惹いたのは、『眷属強化:STR』などだ。
現時点では取得可能リストに現れただけであり、スガルはまだ取得していないが、もしこの系列の『眷属強化:MND』をスガルが取得していたら、あれほど容易に巣を制圧できたかわからない。
そして気になるのが、『眷属強化』は単体のスキルではなく、『調教』のツリー上に存在しているということだ。
一般スキルのツリーにあるということは、『調教』が取得できるなら条件さえ満たせば誰でも取得できる可能性がある。
その条件とはなんだろうか。
そういったスキルが有るのなら、レアもぜひ取得したい。その系統のスキルを取得することを第一に考えれば、無理に眷属たちに経験値を振る必要がなくなり、総経験値の節約につながる。
スガルのスキルを見てみるが、そう特別なものはない。ようにみえる。
まさか『産み分け』や『多産』が条件ということはあるまい。
レアは自分のスキル取得画面を眺めながら、関係ありそうなスキルを考える。
まず魔法関係は、スガルが持っていないため考えづらい。
と、そこまで考えたところで気づいた。スガルはそもそも『精神魔法』も持っていない。
にもかかわらず、『使役』を持っているということは、女王の種族特性として『使役』、というか『調教』ツリーに特化しており、条件無しで取得が可能なのだろう。
ならばスガルのスキルからヒントを得ることはできない。
仮に魔法が関係しているとすれば、最もありそうなのは『付与魔法』だろうか。このツリーなら、そのものズバリの名前の魔法がある。
そもそも『付与魔法』も、ツリーには『付与魔法』しか存在しないスキルだ。しかしこちらは『錬金』と同じく、派生条件を見つけるのは容易で、クローズドテストの時にすでに一通りは判明していた。
その内容は、次の通りである。
『付与魔法』と『火魔法』で『強化魔法:STR』
『付与魔法』と『水魔法』で『強化魔法:MND』
『付与魔法』と『風魔法』で『強化魔法:AGI』
『付与魔法』と『地魔法』で『強化魔法:VIT』
『付与魔法』と『雷魔法』で『強化魔法:DEX』
『付与魔法』と『氷魔法』で『強化魔法:INT』
おそらく、この『強化魔法』を取得すれば、対応した『眷属強化』がアンロックされるのではないだろうか。
これに関しては仮に間違っていたとしても、自身があまり直接戦闘をするつもりがないレアには相性のいい魔法なので、取得に抵抗はない。
問題なのは取得に必要な経験値が膨大になるということくらいだろうか。