#14 むしろ神様って街沈める方では
「ひでえ……」
高度を上げ、空に浮かんで見降ろせば、廃墟の街のど真ん中を川が貫いていた事に今さら気付く。
そして、惨状は一目瞭然だった。
川は増水していて、堤防をぶち破り、泥色の水が街を飲み込んでいた。
建物も崩れている場所があり、瓦礫が流れ出している。
とにかく俺は街の手前で高度を下げて堤防の上に降り立ち、そこからは突っ走って決壊現場へ向かった。すぐ隣には、手を伸ばせば届く場所に水が渦巻いている。
と、俺は前方、堤防上でメガホンを持って叫びまくってる老人が居るのを発見した。
「ロバートさん!?」
「お、お前らどこに行ってたんだ! 姿が見えなかったんで心配したぞ!?」
「あ、そうかこの状況でいなくなったから……ごめんなさい、野暮用でした!」
本当はそのまま立ち去る予定だったんだけどね!
結果的に戻ってよかった。俺達を探して危険なとこ入られたりしてたかも知れん。
「そう言うロバートさんは何を……」
「避難誘導じゃっ! ここは危ないぞ。早く逃げろ!」
幸い、ここは住宅街からちょっと離れた場所なんだけど、それでも住人皆無ではないご様子。
シャッター通りと化した建物の二階の窓から、助けを呼ぶお年寄りの姿がチラホラ。
通りは轟々と音を立ててコーヒーシェイクみたいな泥水が流れていて、お年寄りどころか相撲取りでも、トイレに流したトイレットペーパーみたいにサヨウナラしてしまいそうだ。
「とにかく、水を止めないと……」
「何を言ってる!? よく見ろ、無理だ!」
堤防が切れてるのは、だいたい50mくらいにわたってだろうか。もはや土嚢で食い止めるとかそう言うレベルじゃない。白い泡を立てながら凄い勢いで水が流れ出していて、近くに立つと、地面が揺れてるような気さえした。
確かにこんなもの塞ぐのは、普通なら無理。水が大人しくなるのを待ってから重機で埋め立てるしかない。だけど、それは俺の場合、問題にならない。
「……塞げ、ナノマシン!」
包帯の上から
次の瞬間、海から出現する大怪獣みたいに、『んざーっ』と流れる水をかち割って何かが飛び出してきた。
ガチガチに固まって、巨大な鉄板かウェハースみたいになった土が、水の中から生えてきたのである。
堤防が切れた部分は土のブロックでガードされ、水の流出はあっさり止まった。
「できた……!」
「素晴らしいお力です!」
「そ、そんな馬鹿な……! 堤防の修理費が浮いた……!?」
ほっとする俺、感動する榊さん、金銭的に感動するロバートじいさん。
上手く行ったことで、俺は胸をなで下ろしたわけだが……
ここで、ちょっと先に言い訳をしておきたい。
まず俺は、切れた堤防を
失敗だったのは、穴が空いた部分をピタッと塞いじまった事だな。堤防の穴を補修するんじゃなく、流れ出た水を受け止めるように堤防を作り直すのが正解だったんだ。
穴を塞いだとは言え、激しく流れる増水した川は、まだ堤防に圧力を掛けているわけで。
さてここで問題。この辺りの堤防で、いちばんHPが削れてるのはどこでしょう?
答えは、さっきまで水で削られていた……
「……なんか、すごい揺れて……」
そう言った途端、俺の視界は斜め下にブレた。
土板で堤防を塞いだ部分のすぐ隣。俺と榊さんが立ってた辺りの地面、まるっとごっそり流されたのだ。
「うそぉ――――っ!?」
『警告!
完全に出遅れたアンヘルの注意を聞きながら、俺は濁流の中に沈…………まなかった。
一旦は沈んだんだけど、いきなり体を下から突き上げられた、と思ったら、お立ち台か柱みたいな、狭くて高い陸地の上に転がっていたのである。ほんの数秒での水揚げ。しゃぶしゃぶの肉じゃあるまいに。
お立ち台陸地は、濁流が流れていく水面より高くて、水の流れに削られながらも辛うじて屹立していた。
「……なんだこりゃ」
『スズネ・サカキの
「榊さんの
規模はかなり小っちゃいし、強度もたいしたことないみたいだけど、俺がさっき堤防の穴を塞ぐためにやったのと同じだ。助けられた、らしい。
お礼を言おうとした俺は、そのお礼を言うべき相手が居ないことに気付く。
「榊さ……」
「きゃーっ!」
俺が悲鳴に振り向いた先。
濁流に流されていく小さなものが見えた。
「どうして!?」
『現在、賢様が立っている地面は、スズネ・サカキの
「馬鹿、何やってんだあいつ!」
アンヘルの解説を聞いて俺は青くなった。自分の顔色は分かんないけど青くなってたと思う。
あの一瞬で、自分じゃなくて俺を助けるために力を使ったんだ。頭で考えてできる事じゃない! 半分くらい脊椎で考えなきゃ無理なタイミングだ。それで自分じゃなく俺を守るって……まぁ、これまでの態度からして、いざって時にこうなるような気はしてたけど……
……たとえひとりでも、俺のために死なせてたまるか!
「俺に何ができる、アンヘル!」
『全てです。全ては賢様の思うがまま』
そう言われるとむしろ何をすれば良いか人間は困るんだよ!
「堤防をもう一回塞いで……いや、ダメだ、流れ込んだ水は消えない。だったら……」
後から考えれば、テレキネシスみたいに榊さんだけ引っ張り上げるって手もあったんだけど、俺が選んだのはこの災害に対する、最も根本的な解決法だった。
「うおおおおおおおっ!」
気合いを入れるために叫んで、俺は
水が浮いた。……水よ浮かべと、俺は念じていた。
街の中を流れていた濁流が、見えないホースで吸い上げられるように、
堤防の切れ目から流れ込んで来る水も、増水した川の流れも、全部全部、重力に逆らって空中へ流れて行く。
街の上で、集まった水はひとつに溜まって、浮遊する巨大な玉に姿を変えていた。
逃げ遅れた街の人々が建物の中から、避難した街の人々が街はずれの高台から、そのスペクタクル奇跡を呆然と眺めていた。
そして。
「空へ戻れ!」
我ながら、すごい大雑把な命令だった。
ここは雲じゃなくて、天井のスプリンクラーか何かから雨が降ってくる世界だ。
つまり、あるはずなんだよ。タンクが。普通に生きてる人間の知らないどこかに。それも、雨を降らせまくって
俺の一言で、空中に溜まる一方だった水に、放出口ができた。
霧みたいに浮かんだ細かい水の粒が重力に逆らって噴射され、虹の光輪を描きながら天井へ消えていく。
もっとも、そうやって戻って行くのはキレイに濾過された水だけ。濁流に混じってた土は排出されて、砂嵐みたいな乾いた土煙になってるんだけど、そこはこの際大目に見て貰おう。
そして、川の水を吸い上げすぎてそろそろ底が見えそうになった辺りで、俺は水へのコントロールを切って、一気に土壁を作った。
既に成功している
どどどどっ……と地面が盛り上がる。
さっき堤防の穴を埋めたのと同じブロックだ。堤防を川に沿って真っ二つに割るような形で生やして、ぎっちり敷き詰め、前後3kmくらいの絶壁街道が完成していた。これで、穴を塞ぐだけではなく、既存の堤防自体も強化されただろう。
「た、助かった……」
大きく溜息をついて、俺は、ずっと息を止めていたことに気がついた。
そそり立つ壁を見て、安堵のあまり腰が抜けそうだったけれど、そんな自分に鞭打つ気持ちで立ち上がり、お立ち台から(水が無くなってみると結構高かったんで
さっきまで水没してた、レンガの道はグチャグチャだ。
建物の壁には、水没してた高さまで、クッキリと泥の跡が残っている。
そんな中を俺は突っ走り、割とすぐ、道ばたで咳き込んでいる榊さんを発見した。
「榊さん、大丈夫!?」
俺に気がつくと、榊さんは無理矢理居住まいを正した。例の平伏ポーズで。
うん……やめてほしいけど、いつものペースでそれができるんなら大丈夫かな。
「も、申し訳ありません! お見苦しい姿を!」
「いや、見苦しいって言うか、目に毒って言うか……」
濡れた服が体にべったり張り付いて、ボディライン(思ってたよりエロ……いや何でもない)丸見えになった榊さんから目を逸らしながら俺は答えた。
……高校生男子なんですよ、俺。この光景はちょっと刺激が強すぎるんですよ。命の恩人をオカズとして頭に記録したくない一心で目を逸らしてるんですよ。人間、目を逸らして話す技術も礼儀のためには必要なんですよ。俺はそう主張したい。
「助けてくれてありがとう。……自分が危なくても、俺を助けてくれたんだよな」
「私の力では、ひとり助けるのが精一杯でしたので……だとしたら私などより、御身をお守りすることこそ本懐です。私こそ、お助け頂きまして……勿体ないことです」
「勿体なくなんかない。助けられる人は助けて当然だし、命の恩人の命を助けなくてどうするんだって話。ついでに街丸ごと助けちゃったけど」
「ああ……あなたこそ真の神様です……!」
「だから土下座やめて……下、汚いのに」
感極まった様子で頭を床にすりつける榊さん。
アンヘルが言うとおりなら俺の力じゃなく、実働はナノマシンなんだよな。俺よりもナノマシンにお礼するべきじゃ、とか思ったりするのだが。
街の水を抜いたおかげで、道に出て来ている人がちらほらと見える。避難できていなかった人を探したり、いきなり水が抜けたのを不思議に思って見に来たようだ。
この人達みんなが助かったなら、とりあえずよかった、と俺は思った。
「ぶ、無事だったか!」
さっきまで水没してたとは思えない、もはや湿っぽいだけの街の中を、ミミズさんには勝てるくらいの速度でロバートじいさんが駆けてくる。
「なんとか……」
「驚いたぞ。お前さん、
言いかけたじいさんが、すごい変な顔で呆然と俺の方を見ている。
そこで俺は気がついた。水に沈みかけたときに額の包帯が解けてマフラーみたいに首に絡まっている。
つまり、俺のデコは丸出しなのだ。
「やべっ」
今さら額を押さえても意味は無いが。
「お前さん、それは……」
「ロバートさん」
有無は言わさぬ感じで、俺は言葉を遮る。
「俺のことは、忘れてください。無理なら、深く考えないでください。
もし兵士とか、教会の人とかが来たら、起こったことをありのまま話せばいいはずです。変な素振りは絶対に見せないように」
「あ、は、はぁ……」
ロバート爺さん、生返事をしながら俺の額を六度見くらいしていた。
異端審問って言うか、反逆者狩りって言うか、なんかそういうのが来かねないわけだけど……これ以上、俺ができる事は無い。
役人に賄賂送るような爺さんならうまいことやってくれるだろうと健闘を祈るだけだ。
『賢様』
その時突然、アンヘルの声が響いて、ロバート爺さんは辺りを見回す。
「アンヘル、人が居るんだけど……」
『申し訳ありません。ですが、緊急事態である事と、既に額の
微妙に緊張した様子の声だ。
たぶん、アンヘルに感情とかそういうのはないだろう。これは、緊急事態である事を聞く側に伝えるための演出だ。
「緊急事態って……まさか今度は爆走するゾウの群れがグララアガア・グララアガア言いながら街に迫ってるとか言わないよな?」
『方向性は近いと思われます。雷泉復旧の一報を受けてか、調査のためと思しき教会の役人を含む教会軍が、南西の方向より接近しております。到着までおよそ8分。対神兵装も確認されました』
「うわ、俺狙いか」
とにかく俺との戦いを予期した構えで来てるわけだな。対神兵装とか言う不穏ワードも飛び出したし……仮に勝てたとしても、ここで戦ったらロバート爺さんはじめ街の皆様にあらぬ疑いがかかってしまいそうだ。
すなわち、俺がするべきは戦略的転進。一般的には逃走とも言う。
「時間は無いな……濡れたままでゴメン、榊さん。また飛ぶよ」
「いえ、私は大丈夫です」
「ロバートさん。一夜の宿、ありがとうございました」
「う、うむ。どうか、気を付けて……」
その手の形が、昨日の夜、アンヘルに祈った榊さんと同じだった事に、俺は気がついていた。