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幸せってなんだっけ?~迷子娘と加害者たち~ 作者:立木 るでゆん
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43、最善と次善

 神の間。

 この世界に来訪していたほとんどの神は、既に帰路についていた。残っているのは数柱。監視と引き渡しの最終確認の任務を任された神たちだ。


「ああ、千早ちゃん……良かった」


「そうか……ヒトの温もりを感じられるようになったか」


 地上を写した宙を見ながら残った数少ない神たちは安堵の息を吐いている。蝗帝の及ぼした影響を確認すると同時に、世界にその存在と受けた被害を周知された落ち人の観察も続けていた。


「どこが良かったと言うんだ」


「オルフェストランス殿?」


 一人暗い表情で地上を見ていたこの世界の唯一神が、吐き捨てるように呟く。


「確かに千早さんが安定してきたのは喜ばしい。だが……何故僕の世界をこれだけかき乱す?」


「それは貴方が約定を果たさなかったからではないか」


「僕はそちらと契約を結んだつもりはない。天照殿とは約定を結んだけれど、それを元にこの扱いはあんまりだ」


「あんまり? ハッ……あんまりとはどういうことですかな。これでも互いにとって最善の策を実行したつもりだが」


 壮年の男神が三つ揃いのスーツの裾をパンと引っ張りオルフェストランスに問いかけた。


「確かに僕は天照殿からリソースを借りた。それを天照殿が地球系連合に譲ったのは分かっている。それでも……」


「それでも? なにかしら?」


 地上の美を横糸に、天上の清浄さを縦糸にして織り上げたような美貌の女神が首をかしげる。さらりと揺れる輝く髪が美しい。


「何故こんなに早急に取り立てを……。千早さんが生きている数十年、いやせめて数年待ってくれれば」


「数年? 数年待ってたら何が出来るって言うんだ?」


 ヤンチャそうな少年神が跳び跳ねる様にオルフェストランスに近づき、上目遣いのまま挑むように勝ち気に笑う。


「……ッ。彼らは天寿を全うできた」


「その数年でどれだけ世界が悪化するかは、そちらとてお分かりになるだろう」


「天寿って餓死だろ?」


「ああ、そうだ。分かっている。だが、せめて」


「餓え渇いて、最後には同族すら食して、生き残こる強者を決めろと?」


「せっかく私たちが次善の状態を作るお手伝いをして差し上げたのに、ヒドイわね」


「やるなら……どうしてもやらなきゃいけないことなら、僕がやった。貴方たちだとて神ならば分かるだろう。

 最期の瞬間まで僕の名を呼び、救いを求めていたのに」


「貴殿では出来んよ」


「無理でしょうね」


「やるならさっさとヤレよなー? そもそもお情けで天照殿が提示した条件すら満たせないと判断したからやったんだぜ?」


「千早さんを歴史上もっとも幸せにする。僕に出来ることはやっていた。地上の者たちにも命じていた。何故か空回っていたけれど、努力していたんだ」


「それで努力した結果、我らが幼子は疎まれ、流刑になり、支配者どもから命を狙われたと」


 乾いた笑いが神の間に虚ろに響く。


「帰ってくれ。魂の回収は終わったはずだ。もういいだろう」


「ああ、失礼しよう。だがリソースの完済はまだだ。今後はちゃんと返してくれたまえよ」


「ええ、失礼いたしましょう。いつでも見ているわよ。抜け道なんてあると思わないで」


「さ、帰ろーぜ。もうここに用はない。あ、千早に報復なんてするなよ? もっと酷い目に合わせるからな? 忘れんなよなー」


 別れの挨拶もそこそこに自世界へと帰還していく高位神達は、オルフェストランスへと釘を刺す。


「確かに……此度の件で天秤は戻り、ヒトはなんとか餓え死なぬ数へとなった。でも……それは分け与えればじゃないか。等分に餓えれば死なないだけ。

 今、僕を崇める者たちと、あちらが赦した姫の二つに世界は分かれている。この状況ではまた死者が出るだろう」


 オルフェストランスは手首を一振りし、神の間全てに世界を映す。空中に浮いたようにも見える玉座に座ったまま、静かに確認していった。


 東へ遷都し民をまとめようと奮闘する新たな女王。

 晒された馘の前で日々説法をし、蓄財に励む聖職者。

 保身に走る見逃された貴族たち。


 冷害にあった農村で行われている非情な取り立て。

 売られる娘。

 離散する家族。

 あっけなく死んでいく弱者たち。


 蝗帝に破壊された農地を復活させようと、貧民を動員する穀倉地帯。

 食料需給の要として過大な期待をかけられ、無理をして漁に出、藻屑となる男たち。

 静まり返り、蛆一匹すら涌かぬ王都。


 唯一神である己の力を弾き、あちらの神の助勢なくば視ることすら困難になった旧マチュロス領。

 その地に向けて集められる棄てられた人々。

 かの地の事情を知るものたちから向けられる羨望と嫉妬。


「千早さんが『歴史上もっとも幸せ』にならなくても、世界は滅びなくて済むようになった。それは確かにそうなんだ。

 少しずつだけれど、数が増えないように間引きを続ければ、約定の返済も出来るだろう。この世界は存続の危機を脱したのかもしれない」


 ぼんやりと争い続ける世界を見ながらオルフェストランスは呟く。


「でもだからと言ってこの状況を喜べば僕はもう神と名乗れなくなるだろう。

 すまない……本当にすまない。僕の失策のツケを君たちに負わせてしまった。どれ程苦しむのだろうか。どれ程僕を恨んでいるんだろうか」


 ぐっと握り締めた拳が小刻みに震える。激情に呑まれればこの世界の安定を崩しかねない。必死に己を律し続ける。


「これで僕に対する信仰心も薄れるだろう。これからは振るえる影響力も弱まるだろう。

 それでもこれが……あちらの神の要求を叶えられなかったこの世界が望める最善の状況なんだ」


 ポタリと堪えきれない涙が流れた。


「……しっかりしろ。後悔しても嘆いても変わらない。これ以上状況を悪化させないためにも動かなくてはならない。

 何処から手をつける?

 千早さんのところか?

 東の新たな王に神託を与えるか?

 法王を諌め、蓄財を辞めさせるか?

 考えろ。考えるんだ。

 これ以上無様な様を見せることなど出来ない。

 僕は『オルフェストランス』なんだ。二柱で一柱の双子神だった昔とは違う。兄から力を奪い、その全てを喰らった僕はこの世界唯一の神」


 心配性で貧乏性の兄神オルフェスはいつも『もしも』を考えて動いていた。真面目で面白みもなく、厳格な兄神は人との付き合いも距離を置いた。


 楽観的で積極的な弟神は対照的に、人に介入し、その成長を助けるべきと動いた。考え方の違う二柱は折に触れて衝突した。


 袂を別つことになるだろうという予感は、生まれた時からあった。そしてそれはは時間の問題だった。二人ともいつの日か互いを吸収する日が来るのを予感していた。


 ……そしてその日は突然やってきた。

【落ち人システム】が彼らの仲違いを決定的な物とした。


 兄神は自世界で完結しない循環は危険だと弟神を諭した。


 弟神は怖がっていては変化はないと兄を説得した。


 兄神は無理な背伸びは破綻を呼ぶだけだと弟神に語りかけた。


 弟神は豊かな未来を求めるなら、危険を冒すことも必要だと訴えた。


 話し合いは徐々に激しくなり、平行線を辿った。いつしか双子神の溝は埋まらなくなっていた。


 ある日、兄は悲しみながらも弟に別れを告げ、弟は怒りながら兄と決別した。


 互いの存在と正当性をかけた戦いは長く続いた。


 兄神を支持する神は積極的に介入はせず、兄神が望むときだけ手を貸した。


 弟神を応援する神たちは、ヤンヤヤンヤと賑やかし、宴の様に楽しんでいた。


 互いに一歩も譲らない戦いはある日あっけなく決着がつく。


 ランスに助けられていたヒトの祈りを、面白がった神が力へと変質させたのだ。


 均衡は崩れオルフェスはランスへと吸収された。勝利を祝う宴は長く続き、ランスは唯一神としてヒトを人間と呼び沢山の祝福を与えた。


 宴を終えて神々が去った後、残されていたのは変質した祈りとヒトが増えすぎたことによる荒れた大地。


 その時世界を救うために初めて【落ち人システム】を作動させる。効果は絶大だったが、落ち人一人を貰い受ける為の負担も大きかった。


 それゆえ普段は無機物を喚び、本当に重要なときのみ、有機物を喚ぶ。

 長い間それで世界は上手く回っていた。

 弟神ランスはいつしか世界の至高神オルフェストランスとなっていた。


 油断がなかったと言えば嘘になる。

 上手く回っているからと、収支の確認もしなかった。

 最近は世界を視ることも稀になっていた。


 だからあの時、自分の友で兄の親友だった異界の神が乗り込んでくるまで何も気がつかなかったのだ。


「僕はオルフェストランス。この世界の唯一にして至高神。諦めることも赦しを乞う事も許されない。

 僕は僕の役割を果たす。

 この世界は僕の世界だ」


 グッと玉座の肘掛けを握り締めたオルフェストランスは、きつい眼差しで挑み掛かるように世界を見つめていた。



【作者の独り言】

兄神が勝てば【停滞からの破滅】

弟神が勝てば【変化からの破綻】

二柱で一柱の彼らは、互いに適度に刺激しあって世界を運営すべきだったのでしょうね……。

バランスって大事( ノД`)…

次回は一気に春まで時間を進めるか、少しほのぼのさせるか悩み中。秋祭り……この状況ではやらないよねぇ。


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