31、禍津風2
初めは小さな違和感だった。葉に穴が開く。何だか育ちが悪い。先端から枯れていく。
冷夏のせいか、虫か、肥料かと試行錯誤している間に状況は刻々と悪化していった。
それでもこの農場はまだマシだった。先頃までいた
――――それはある意味必然で、多くの者にとっては突然の事だった。
落ち人の祝福を最後に受けた大地を耕しいていた農奴が突然苦しみだす。立っていられなくなり大地を転げ回る。何事かと動きを止めた他の農奴に鞭を振るい、労働に戻した監視人が、早く働けと痛みに呻く農奴を足蹴りした。
「ぐぅ………ガハッ」
力なく呻いた農奴は血と同時に『何か』を吐き出した。赤黒い石は目の前にいた監視人に向かって飛ぶ。
監視人は腕で払い除けると、ソレが何か目を凝らした。
「うわっ!!」
「にげろ!!」
「こっちからもだ!!」
ソレが何か分かる前に、畑のあちこちから悲鳴が上がる。
地面を盛り上げて無数の頭が顔を出していた。太陽の光を浴びて輝く複眼。這い出た体は土に汚れている。その土を落とそうと広げられ羽ばたくと、湿っているはずの土が面白いように飛んだ。
「蝗帝だっ!!」
誰かの悲鳴で一斉に奴隷たちが逃げ始める。蜘蛛の子を散らすように走り出した奴隷たちを止めようと、あちこちで監視人が怒りの声をあげる。だがその声はすぐに悲鳴へと変わった。
「おお、神よ」
一番始めに倒れた農奴の側にいた監視人が、救いを求めて天を仰ぐ。
地から現れた蝗帝は無差別に周囲を食い散らかしている。収穫間近の小麦、野菜、そして家畜や人すらもその食欲の的となっている。
逃げようと走る農奴は地面から現れた蝗帝に足の裏から齧られる。
驚きのあまり尻餅をついた監視人は、地についた腕から喰われていく。
逃げ惑う家畜は背にくくりつけられた農具もろとも咀嚼されていく。
――地獄絵図。
その表現がぴったりと当てはまる惨劇の最中、助けを求める為に母屋へと向かった男を追うように、次々と涌き出す虫は母屋に向かっていった。
空を見上げれば、方々の農地から黒い煙のようなものが上がり、同じく母屋を目指している。その全てが蝗帝であれば、兵士がいる母屋とはいえ簡単に呑み込まれるだろう。
「ヒィ」
あまりのことに呆然としていた監視人は、自分も襲われると確信して震える手で武器を握る。紋の浮いたあの日より、罪人ゆえに剣を握ることは許されず、武器と言えば鞭とこん棒しかなかったが、それでも生に執着していた。
ギチギチと警告音を発して、監視人を囲む虫だったが何故か飛びかかってこない。全てを喰らう暴虐としてはあり得ない状況に、監視人が紋が浮き出た手に握る武器を揺らした。
「……っぅ!! こんのぉ!! ?!」
隙ができたと思ったのか背後から蝗帝が飛びかかる。それをこん棒で叩き落としたところで、横から衝撃を受けた。腹にめり込む蝗帝の頭。生まれたてだからか、大人の握りこぶしほどの小さな蝗帝に皮膚を食い破られる覚悟をするが、弾丸のようにぶつかった蝗帝はそれ以上の攻撃はせずに離れていく。
ドンッ!!
次の瞬間、反対の脇腹と側頭部、二ヶ所の衝撃を受けて監視人は意識を刈られた。
『この者は運びなさい』
周囲を埋め尽くす蝗帝に冷静な女の声が指示を出す。
『紋ある者は集めなさい』
『それ以外は喰らいなさい』
『そなたらは血と涙から作られた飢餓。その渇望か癒えるまで、全てを喰らう権利がある』
複数の力ある声に導かれるまま、広大なアディク・ジョンの農場のあちこちで悲鳴が上がる。
農地のほとんどが蝗帝により蹂躙された逢魔が刻。黒々とした土を露にした畑の一角か禍々しく光り始める。
『おいでになるわね』
『ええ、こちらの準備も整いました』
『良いタイミングだわ』
クスクスと笑う女達の声を受けて、輝きがいっそう増した。
輝く地面が陥没し、そこから白い枝が浮き上がる。よくよく見れば人の骨だ。二の腕の骨であろう細く白いものが浮き上がる。地に埋もれていたとは思えない輝く白さのそれに禍々しい光が吸い込まれていく。
骨が膨張し地面にとぐろを巻く。膨れた先端に紅の光が宿る。
頭部に角のように突き出したのは、元となった骨であろう。異質な輝きを放っている。
神気と邪気、禍々しくも美しい大蛇が赤金の光を浴びて全身を輝かせる。
『お待たせ致した』
シュルシュルと呼気の音の間で、蛇は話し虚空の声に頭を下げる。
『お待ちしておりました』
『私どもの準備は整いました』
『やはり我らだけでは』
ふわりと風が舞い、武装を整えた冷徹な表情を浮かべた女神と、柔らかな服装の三姉妹が表れた。
『タタリ殿たちの力も十全に発揮されておるようですな』
農地全体を覆い、全てを食べ尽くす勢いで増える蝗帝を見ながら蛇は呟いた。
『ええ、特にこの地は我らが幼子の血肉だけではなく、現地のものたちの命を啜ってきたようです。力は十分に高まっております』
『では参ろうか。我の姿を見るに相応しき者の元へ』
『一人、娘が外に……。今、タタリ殿の手を送っております』
『夜半には全員揃いましょう』
『その間に罪が薄い者への処罰は済ませてしまいましょう』
口々に話しつつ、強い神気を纏った影たちは母屋へと向かっていった。
夜半。母屋とその周辺を残し全てが蝗帝の腹に入った頃、一台の馬車が農地へと入ってきた。怯えさせないように『力』を使い、普段と変わらない情景を見せつつ、戻った獲物を誘導する。
ここまで獲物を案内してきた人間には、褒美に慈悲を贈ることにし、女神はその命を断った。
身を食い尽くそうとする小物たちを止めて、深夜になって現れた雑鬼の一匹に憑依させる。
「ツマ……ナゼ……ヲレ……」
起き上がった男は、ヨロヨロと揺れながら導かれるままある場所を目指した。
「キャァァァァァァ! いやァァァァ!!」
半狂乱の女の悲鳴が響く。その悲鳴に誘われたように大地がぼんやりと光ると、また別の鬼が表れた。
大人の膝ほどの大きさの雑鬼達だ。ぼろぼろの着物は水干や着流し、日本の古来の着物で、手に持つものも袋や包丁、はては火掻き棒など様々だ。
蝗を産み出した大地は、この世にあり得ぬ妖を次々と呼び込んでいた。
そんな大地を見守る女神達は無表情で一方向を見つめる。蛇神は地にいる愚かな民を見つめていた。
「お母様! 止めてください!!」
「サムイ……、ヒモジイ……」
呟きながら母であったモノは父への攻撃を止めない。父が死にそうになれば、柔らかな金の光が射し込み回復させていた。
「オネェチャン……」
「止めて! いや! ねぇ、なんで?!」
まだ未成年の幼い弟だったモノに馬乗りになられ、娘は殴られている。
「あ、あなた!! 無事だったのね!! お願い!! 助けて!!」
ふらふらと近づいてきた影に救い求めれば、先ほど別れた夫だった。蝗帝から逃れられたのかと、救いを求めて手を伸ばす。
「え……」
その伸ばした腕を踏みつけ、ドシャリと音をたてて夫は倒れ込んできた。生暖かい液体が顔にかかり、女は絶句する。一拍遅れて甲高い悲鳴を上げてとうとう気を失った。
『早いな』
『ええ、これでは……』
『脆すぎます』
それを見守っていた女神がパチリと指を鳴らす。罪人の紋が輝き、父親や少し離れたところで、動かなくなっていた使用人たちが起き上がる。
何度それを繰り返したか、白々と夜が明け始めた頃、女神と蛇神に声をかける人影があった。
『お迎えに上がりましたよ』
シルクハットに燕尾服、深く被った帽子で表情は見えない影は罪人の紋を持つものたちを一瞥する。
『コレらですが足りるであろうか?』
『十分とは言えませんが手付けくらいにはなりましょう』
口元だけで微笑んだ影が片手を手を水平に振ると、黒いボールのようなモノが現れて罪人たちを呑み込んでいった。
『ではあとはよろしく頼む』
『この者たちはオルフェストランス殿から受けとりました故ご心配なく。因果律の定めるまま、我らの理に組み込みましょう』
仰々しく一礼して去っていった人影を見送り、女神たちは朝日を浴びる。
神々しく輝く女神たちとは対照的に、大地は黒々と蠢いていた。
『さて……ゆくか』
『左様ですね』
蛇神と女神が頷くと、大地が盛り上がり日が陰った。
視界一面を覆う蝗帝は一晩で十分に成長し、大人の腕ほどの体長になっていた。その背に乗る妖と共に次の獲物を求めて飛び去る。
それを追うように、神々もまたひとつの方向を目指し、ゆっくりと去っていった。
【作者の一人言】
穀倉地帯壊滅。
これにて農場編はおしまいなり。
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