
<平成から令和へ> 逆風 吹いた平成 アイスホッケーの未来作りへの挑戦 北海道 (19/04/19 20:28) (再生)
「みんテレ」のシリーズでお伝えしている「平成から令和へ~北海道の軌跡」。 今回は平成の北海道で逆風が吹き荒れたアイスホッケーです。 雪印、札幌ポラリス、そして日本製紙クレインズと平成で3つのホッケーチームが姿を消しました。令和に向け関係者の奮闘が続いています。 ホッケー界に逆風が吹き荒れた平成の北海道。2001年には雪印アイスホッケー部が親会社の食中毒事件による経営悪化で廃部…。 受け皿となったクラブチーム「札幌ポラリス」も2002年、わずか1シーズンで資金難により廃部しました。 そして平成の最後の今年、アジアリーグ優勝4回、全日本選手権優勝7回の釧路の名門「日本製紙クレインズ」までもが… 日本製紙クレインズ 安永敦美オーナー(2018年12月):「クレインズの廃部が決定されたことをご報告申し上げます」 親会社の経営不振で再び起きた悲劇…。 経済状況に左右される企業主導型のチームから脱却しようと、存続に向け関係者が動き始めました。 東北海道アイスホッケークラブ 茅森健一代表:「このままでは本当にクレインズがなくなってしまう。少しでも私にできることがあれば」 再び氷の上で戦いたい―。本拠地を釧路市に置き、複数の企業などで支えるプロチーム結成を目指し、運営会社が設立されました。 選手たちもスーツに着替えて資金集めに駆けずり回ります。 クレインズ 重野駿佑副主将:「目標1億円を集めるのに足りなくて、選手も自主的に回らせてもらっている状況です」 徐々に地元チームの必要性に理解を示す企業も増えてきました。 ANAクラウンプラザホテル釧路 高橋将文総支配人:「クレインズがあるおかげで釧路の少年たちが夢と希望を持って頑張ってくれるのではと思い協力させてもらった」 クレインズ 上野拓紀主将:「アイスホッケーを残したいという熱い気持ちを持って頂けてうれしく思った。まだまだホッケーをやりたいとさらに思いました」 一方で新チームでどう収益を確保していくのか…。厳しい現実を突きつけられる場面も… クレインズ 梁取慎也選手:「(Q.ガツンといわれた?)急きょ、立ち上がった感じなので、資料としても不足の点が多い。ご指摘いただいたことをフィードバックして、新たなスポンサーを獲得できるよう努力したい」 運営会社はアジアリーグ参加を予定し目標金額は1億5000万円。これまで募金や地元スポンサーなどの協力で1億円のめどが立ちました。日本製紙に金額を報告し新チーム設立可能か話し合う予定です。 一方札幌市では、これとは別に新チーム結成を目指す運営会社が、17日に設立されました。 札幌で新チーム設立目指す「IHT」 鈴木玉樹代表:「2030年の札幌オリンピック招致に向けたジュニアの育成、(レベル向上のため)トップリーグが札幌にあった方が良い。企業が1社で持っていた部分で集客で足りない面があったと思っています」 新しい風に乗って再び羽ばたけるのか。令和の北海道に新たな歴史を刻もうと底力が試されています。 雪印、日本製紙クレインズの廃部…。平成は、北海道の企業スポーツは厳しい時代でした。 社会人チームの野球だけで見ても、1996年(平成8年)にたくぎん野球部が2000年、王子製紙苫小牧、日本製紙旭川廃部2005年にサンワード貿易が廃部、2016年にはJR北海道が休部し、クラブチームへ変わりました。 アイスホッケー支援の動きとしては、1企業ではなく、複数のスポンサーを集める形でいま道内で2つの動きが出ています。 まずは釧路を本拠地とした「東北海道アイスホッケークラブ」。 札幌のスポーツ用品店社長が、日本製紙の後継チーム設立を目指し、準備金1億5000万円のうち1億円のメドが立ったということです。日本製紙と話し合い、チーム設立可能か調整する予定。 一方、札幌を本拠地とする「IHT」も小樽市の行政書士が代表になり創設されました。3億円を目標とする中で5000万円はめどがつきました。2030年の札幌冬季五輪招致を見据え、選手を育成しようというものです。 今回日本製紙クレインズ廃部というニュースがあった中で、最後はあれだけ多くのお客さんが集まりましたよね。 栃木県の日光アイスバックスが、まさにたくさんの企業で支えてクラブチームをやっている。北海道もできないことはないと思うので、ぜひ実現してほしい。