トマト無双
うんしょ、と珍しくズボンをはいているミナが立ちあがって伸びをする。
「疲れますねー、畑仕事」
「そうだなー」
適当に相槌を打ちながら、隣でしゃがむおれは雑草をひょいひょい、と抜いては放っていく。
『郷に入れば郷に従え、です』
薬草を栽培している畑にむかう前、ミナはそう言って、麦わら帽子をかぶって、とズボンをはいてきた。
農家に嫁いだたくましい嫁みたいだった。
麦わら帽子をかぶり直して、ミナがまたしゃがみこんだ。
「ノエラさん、一人でお店、大丈夫でしょうか?」
「甘やかし続けてもノエラのためになんないからなー」
ミナがお店で、ノエラが畑。
こっちのほうが自然だけど、ノエラが忌避剤を凄まじく嫌がるので、こうなっていた。
雑草を抜いたあと、汲んできた水を薬草にまく。
「良いお薬になってくださいね~」
「楽しそうだな、ミナは」
「あはは。わたし、お外で何かをやるという経験がほとんどないので。生前は病弱で、元気な娘とは言い難い子供でしたし」
ぱしゃり、とひしゃくで水をやった。
「そっか」
病弱なミナ。
全然想像がつかない。
栽培エースのスキルのお陰で、おれが植える薬草は、きちんと世話をすれば枯れることはなかった。
ミナが水をやる近くでおれは薬草を採っていく。
今では種類も増えて、ポーション、エナジーポーション、消臭液、食器用洗剤の素材は、この畑から採取出来るようになった。
森に行かないで済むってのは結構ありがたい。
このあたりは、畑をタダで貸してくれるジラルに感謝しなくちゃな。
ある程度収穫すると、農夫のおじさんたちが数人集まってため息をついていた。
「こいつは、マズイかもしんねえなあ……」
「弱ったな……」
「どうかしたんですか?」
みんな顔見知りのおじさんたちだ。
おれを見ると、やあ、と挨拶した。
「いやねぇ、肥料はちゃんとやってるんだけど、上手く育たなくて。何がマズかったんだろうなあ……」
おじさんが目をやった先には、青々と茂る植物が同じ畑に植えられていた。
まだ実はなってなくて、花が咲いている状態だ。
順調にいけば、トマトがなるらしい。
「すみません、正直、おれには何がマズイのかさっぱりわからないんですけど……」
「長年見てりゃわかるんだけども、今回は実が少ないかもしんねえんだ……」
実が少ないってことは、売りに出せる量が減るってことだ。
おじさんたちには、文字通り死活問題。
作物を育てていれば、天候状況で不作のときだってあるだろう。
でも、「仕方ないよね」なんて言えない。
ずっとずっと、おじさんたちが苦労して世話していたのを、おれは知っている。
「んー。天気はさすがにどうこう出来ないし……実が多くなればいいのか……?」
「薬屋さん、どうかしたかい?」
「……もしかすると、それ、どうにかなるかもしれません!」
「「「本当か!?」」」
神様を畑で見つけた、と言わんばかりにおじさんたちは食いついてきた。
「あー……はは、おれも素人なんで、わからないところを少々教えてください」
おれは、おじさんたちに注意することや、通常の栽培の流れや植物の状況を教わった。
――うん、思った通り、なんとかなるぞ。
材料も創薬室にあるもので賄える。
「レイジさん、また何かお薬を作るんですか?」
「え? 何でミナにわかるの?」
うふふ、と嬉しそうにミナは笑う。
「顔を見ればわかります。楽しそうですから」
「そうかな? ……ちょっと店に戻って作ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃい」
ミナに手を軽く手を振っておれは町に戻り、店に帰ってきた。
カウンターのむこうにいるノエラが退屈そうにしている。
「あるじ。どした? 畑、終わった?」
「店番、お疲れ。まだ終わってないかな? ちょっと薬を作りに戻ってきたんだ」
創薬室に行くとノエラもついてきた。
まあ、店が暇そうだしいいか。
「何の薬?」
あ。そういえば……ノエラって……。
おれはニヤリと笑う。
「トマトの収穫を安定させるための薬だ」
「るっ!? ……あ、あるじ、ダメ。トマト、ダメ!」
ぶんぶん、とノエラは首を振る。
ノエラはトマトが苦手で、ミナやおれが言っても全然食おうとしないのだ。
「ノエラの敵……! トマト、滅んでいい」
「こら。農家のみなさんに謝れ」
ビシッと頭にチョップする。
おれがトマト栽培に手を貸す悪の科学者に思えたんだろう。
ノエラはじいっとおれの創薬作業を警戒するように見つめていた。
よーし、出来た! これで美味いトマトが食えるはず。
【トマトックス:着果を安定させる。栽培促進と熟成促進や育ち過ぎを抑制する効果のある農薬。人体に害はない】
トマト以外にも使えるらしい。
これで、農夫のおじさんたちを助けられる!
「あるじ――っ! それ、ダメ! どうしてもと言うなら、ノエラを倒して行く!」
ノエラが創薬室の出入り口で両手を広げて遠せんぼをしている。
「……そうか、ノエラ。……残念だ」
「るぅぅ……! あるじには、ノエラ、負けない」
「余分に作り続けたポーション、あれは、今後無しだ。自分のお小遣いで買うんだな。ノエラのお小遣いは、一週間三〇〇リンだから……一か月で一本買える計算になるな?」
「…………」
だらだら汗を流すノエラが、す、とどいた。
毎日飲めるポーション>>越えられない壁>>流通されるトマト。
こんなところだろう。
ふん。ノエラ、恐れるに足らず。
おれは新薬の瓶をいくつか持って、畑へと戻った。
「すみません、お待たせしましたー」
「いや、むしろ早すぎると思うんだが……」
うんうん、とおじさんたちはうなずいている。
「この薬があれば、トマトはちゃんといつも通り収穫出来るはずです!」
「これを、まくだけで……?」
使い過ぎは逆効果になるため、少量与えるだけでいいとおれは伝えた。
けど、これだけってのが半信半疑らしく、おじさんたちは眉をひそめている。
「もちろん、使うかどうかの判断はお任せします」
「…………いや、使おう。使わせてもらうよ、薬屋さん。どの道、このままじゃまともな収穫なんて出来ないんだから。それに、薬屋さんが、俺たちのためにわざわざ作ってくれたんだ」
「ありがとうございます。トマト、食べるのを楽しみにしています」
「おう」
おじさんたちとトマト同盟を結び、さっそくトマトックスを少量まいた。
作物ってのはそうそう目に見えて成長するわけじゃない。
気長に待とう。
翌日、おれがミナに薬草摘みをお願いしていると、ミナが畑から帰ってきた。
「レイジさん、畑がもじゃもじゃになっていましたよ?」
「……そんな、一日でジャングルとかあるわけないだろ」
一応、状況を視察するためおれは、ノエラとミナに店を任せて畑にむかった。
畑の近くに冒険者らしき男が三人いて、何か話し合っていた。
「田舎に突如出来たダンジョンだ。どんな危険があるかわからない。気を引き締めていこう」
…………。
そりゃ、田舎にダンジョンがないってわけじゃないからね?
冒険者もそりゃ、挑みにくるよ。
「まっ……まさかな……?」
冷や汗を止められない。
……だって、いつも効き過ぎるから薄めに作ったんだぞ?
そんな、一日で急にジャングルになるわけが――。
「ないない」
HAHAHA、と笑い飛ばしながら歩く。
ここどこだろう、森? けど、忌避剤を塗った柵がここに……。
ってことは、ここ……?
「は、畑がジャングルになっとるぅうううううううううう!? 自然溢れ過ぎぃいいいいいい!?」
さっきの冒険者が畑に踏み込んだ。
「行くぞ――」
「「オウ!」」
調査に乗り出してるぅうううううううう!?
「あのー! ここ、畑! 畑なんで! お宝もレアモンスターもいないですよ!」
それから、三〇分待っても冒険者は出てこない。
「…………よ、よし、おれも行こう。畑だもの、ここ。魔物とか出ないからね? だ、だって、お、おれの忌避剤は最強だし……ま、魔物なんか来ないし、来てもイチコロだし……」
ぶつぶつ言いながら、おれはへっぴり腰で前へと進む。
すると。
バヅン、バヅン、という音が聞こえる。
な、なんだ……!?
バヅン、バヅン。
音のするほうへ近づくと、農夫のおじさんやその奥さんたちがいた。
「こんにちはー。すごいことになってますね……」
「ああ、薬屋さん。本当に、こんなに効くとは驚きだよ」
ははは、とおじさんは大声で笑った。
みんな、大きいハサミを持って、もじゃもじゃになっている緑の物体を切っている。
「みなさん、何しているんです……?」
「ああ、こうして茎を切ってやらないと、他の野菜に陽が当たらないだろう?」
「てことは、トマトの茎なんですね……。ああ、すみません……! 薄めたはずなんですけど!」
おれが慌てて謝るとおじさんは、ポンとおれの肩を叩いた。
「薬屋さん、これ」
指差した先には、土の上に真っ赤なカボチャがあった。
「? これは……」
「トマトだよ」
「――トメィトゥ!?」
テンパってネイティブ発音になった。
「え、これ、カボチャじゃあ……?」
「食べてみるとわかるよ、どうぞ」
奥さんの一人が、ビッグトメィトゥを切って、おれに渡してくれた。
口にひょいと入れる。
「あ。トマト……ていうか、甘っ! 美味し!」
すごい。果物みたいに甘い。
「薬屋さん、これはすごいよ! 甘いトマト。しかも見たことないくらい大きい。良い値段で売れるよ、これは!」
農夫のおじさんやおばさんも全員嬉しそうにうなずいている。
みんな、ジラルに借金しながらここの畑を借りていたそうだ。
だから、その借金を返して余りある収入になるって、大喜びだった。
おれも不要な茎を切るのを手伝って、ジャングルだった畑は元の姿に戻った。
冒険者の人たちは、無事に帰れたかな?
もらったビッグトマトを持ち帰ると、さっそくミナが試食した。
「あまぁ~い。美味しいですね~。――あ、これならもしかすると……」
「うん、おれも同意見だ」
おれとミナはうなずき合った。
夕食にそれを出すと、確認したノエラが無表情になる。
「ノエラ、ひと口でいいから食べてみ? ……美味の味だから」
「美味の味……?」
おれが『美味の味』と言ったのが、ポーションを思い浮かばせたみたいで、ノエラは目をつむってひと口食べた。
「る? トマト?」
「トマト、トマト」
「これ、トマト違う」
ガツガツ、とノエラは気にせず食べはじめた。
反対に座ったミナはニコニコ微笑んでいる。
「ノエラさんがトマト食べられるようになってよかったですー。ノエラさん、偉いです」
わしわし、とおれもノエラの頭を撫でた。
この後。
カルタ産ビッグトマトは、周囲の町でそのサイズが話題になり、甘い味ということも相まって、飛ぶように売れた。
新薬は改良し、相当薄めたものを商品化。
ビッグトマトを作った農薬ということもあって、新薬の知名度もあがり、こちらも農家の方たちに大人気となった。