第十二話:暗殺者はチョコを贈る
スキルの確認が終わり、お茶会を開催する。
二人に食べてほしいものがある。
開催場所は屋敷ではなく、母が育てている花壇とは名ばかりの家庭菜園が見渡せる位置にある机とテーブルだ。
……城で世界一美しい花畑を見たあとだからギャップがひどい。母曰く、『野菜にも花は咲く。なら、食べれるほうがお得です』だそうだ。
ここで育つ野菜は美味しく、実は俺も母の意見に肯定的だ。
「ふたりとも準備ができたよ」
特製のハーブティに、ついに商品化目前となった特別なお菓子を並べる。
いつもはタルトの仕事だが、今回は二人を驚かせるために俺がやる。
「あっ、これルーグが昔お土産に持ってきてくれたやつだ。ものすごおく美味しくて、また食べたいって思ってたんだ」
「よく覚えていたな。あのときのは試作品だったが、ようやく先月商品化できたんだ」
「私も大好きなんです。ほろ苦くて、甘くて」
「うんうん、いいよね、チョコレート」
「はいっ!」
それはチョコレート。
昔、まだディアがトウアハーデになる前、月に一度の密会で土産にし、一度だけディアに食べさせたことがある。
だから、ディアはチョコを知っているし、タルトは試作品を食べてもらったことがあるので知っている。
「さっそく食べてみてくれ」
「うーん、やっぱり美味しいよ。すっごい高級感があるよね」
「はい、この不思議なうっとりするような感じ、他のお菓子じゃ楽しめません」
二人はさっそくチョコレートを堪能する。
俺も一口。
うん、よくできている。
なめらかな口当たりだ。それにカカオの比率がいい、苦すぎると感じる一歩手前。これよりカカオを減らすとカカオの風味が足りずに物足りなくなるし、ここより増やすと苦すぎて楽しめない。
前世で市販されていたミルクチョコはだいたいカカオの比率が20%~40%だが、これはおおよそ45%。ビターチョコと呼ばれるものだ。
チョコレートの魅力を楽しんでもらうにはこれが一番いい。
「でも、前食べさせてもらったのと比べると、ちょっと滑らかさが足りなくて少しぼそぼそしていますし、風味も物足りない。あっ、でも、とってもとっても美味しいんですよ。変なことを言ってごめんなさい」
「謝ることはない。むしろ、よく気づいてくれた。たしかにこれは前に食べさせたものより質が落ちる」
「そうなんですか? 材料の違いですか?」
「ネタバラシは後で。今はチョコを楽しんでくれ」
「はいっ!」
タルトは料理スキルに比例して舌も良くなっているようだ。
この違いに気づくとはなかなかやる。
「うーん、ハーブティとの組み合わせもばっちりだよ」
「悪くないが、チョコと合わせるならコーヒーのほうがいいかもな」
「コーヒーってなに? そんなの初めて聞いたよ」
「いつか、手に入れるよ。きっと、広い世界のどこかにはあるだろうから」
コーヒー、あれもまっさきに手に入れて、この大陸に流通させれば間違いなく巨万の富を築き上げられるだろう。
「でも、本当に時間がかかりましたね。ムルテウにいたときには試作品ができてたのに、商品になったの先月なんて」
「ああ、苦労した。材料のカカオって木の実をチョコレートにするのがすごく大変なんだ。手間暇かかるし、複雑だし、特別な技術が必要だ。俺だけが作れたところで商品にはならない。腕のいい菓子職人をスカウトして修行をしてもらっていてね。一年弱も試行錯誤してようやく売れるレベルになった」
カカオからチョコレートを作るのは極めて難しい。
下準備でカカオの実からカカオ豆を取り出し、バナナの皮などで包み発酵させて、その後乾燥させる。
……言葉でいうと簡単だが、発酵に使う酵母の良し悪しで、味や風味は変わるし、発酵させる環境には細心の注意が必要かつ、日数などは周囲の環境次第。
乾燥にもコツが要り、少しでもミスすれば台無しになる。
そうやって下ごしらえしたものを焙煎し、殻を剥く……これがまたひどく根気がいる。それを砕いてすり潰して、材料を加えるミキシング……そこからさらにレファニングやコンチングというチョコレートを練っていく作業なんだが、七十二時間ほど練り続けるという気が遠くなる作業。
それも、なめらかな口当たりにするには力任せに混ぜているだけではだめで技術がいる。
そこまでやったのを、テンパリング、温度の違うお湯で何度も湯煎することで脂の結晶を整え、口当たりや風味を最も良くする作業がある。
これが最難関だ。これを終えればようやく型にいれて完成。
超一流の菓子職人をスカウトしたのに、一年かけてようやく及第点。
それほど苦労させられて完成したチョコレートが目の前にある。
「別の人が作ったから、ルーグ様が作ってくれたのより味が落ちたんですね」
タルトはそう言いながら、最後の一個を口に運んで、チョコレートのように溶けた表情を浮かべる。
ディアも似たようなものだ。
二人とも、チョコレートをいたく気に入っていた。
ここまで喜んでもらえるなら、苦労して商品化した甲斐があるというものだ。
「ふう、あっという間に食べちゃったよ」
「……もっと味わって食べればよかったです」
二人の皿は空っぽになった。
いつもなら、予備はあっておかわりを出すのだが今回は余分がない。
「売れると思うか?」
「うん、絶対売れるよ! 貴族なら金貨積んででも買うよ」
「私も、お小遣いで買える値段なら我慢できる気がしません」
実はチョコレートが好まれているのは味だけじゃない。
カカオに含まれるポリフェノール・テオプロミンには疲労回復・リラックス効果がある。
いわば薬だ。チョコレートを一度口にすると、疲れているときに身体が無意識に求めるし、そういうときに食べるチョコレートは格別だ。
「先月、定期購入者に贈ったんだが、かなり評判がいいんだ」
定期購入者向けの送付は、転売対策であり、店頭の混雑対策であるが、それ以上に好きな商品を買わせることができるというのが、圧倒的な強みだ。
どんないいものを作っても手にとってもらえないと意味がない。
詰め合わせ商品の一つにすれば、手にとってもらうというハードルが簡単にクリアできる。しかも商品を送る先は情報発信力のある富裕層と貴族ばかり。
あっという間にチョコレートの噂は爆発的に広まっていて、幻の菓子と呼ばれていた。
「……たぶん、すっごい勢いで苦情が殺到してると思うよ」
「お菓子を送るのは初めてだったが、茶葉だって喜ばれているんだ。チョコを入れても文句はでないだろう?」
「そういうのじゃなくて、もっと売ってくれとか、店頭にも置けだとかいろいろだよ」
正解だ。すでにそういう類のクレームは山程来ている。
追加購入希望、来月も絶対に入れてくれという嘆願、店舗に並ぶかの確認etc...。
なかには無茶なことをいう客もいる。
「よくわかったな。そういうのをクレームというなら、クレーム殺到だ。マーハがうまく対処してくれている」
マーハじゃなきゃ、ブチ切れて仕事を投げ出していたかもしれない。
量がすごいし、相手が相手だけに権力を思いっきり振りかざしてくる面倒なのばかりだ。
「うわぁ、ひど」
「あの、ルーグ様、これだけ美味しくて、人気になっちゃったら、他のお店に真似されないですか?」
「難しいとは思うな。カカオの仕入れ先は海の向こう。そこと取引しているのはオルナだけだし、何より、チョコレートの作り方は難しすぎてね。……まともにカカオをチョコレートにする方法を研究すれば百年かかる」
仮にカカオの仕入れルートを手に入れたとしても、そもそもカカオ豆をバナナの皮にくるんで発酵させるというスタート地点からして思いつきすらしないだろう。
その後も難しい工程が並び、テンパリングなどは知っているだけでは意味がなく、熟練のスキルがいる。
他の商店が真似するのは不可能。
「問題は、職人さんを買収されたり、拉致されることだね」
「その辺は抜かりがないさ。これだけの投資をしているんだし、用心もしている。もし、手を出すやつがいれば……一生後悔することになるさ」
乳液のときに、そういう輩は腐るほど相手をしている。だからこそ、対策のノウハウが溜まった。
もっとも、そのときに大手の商会たちは痛い目を見ているので、今回は手を出してこないとも思っている。
「このチョコ、こんなに美味しいのに、すごく大変なんですね」
「まあな。だからこそ武器になる。その武器をより強くするためにチョコレートが店に並ぶのも定期購入者に送るのも二ヶ月に一回で、ちょうど交互になるようにして、売るのは月一回だけだ。先月は送ったから、今月は店頭で一日だけ販売って感じにね」
「うわぁ、えげつないね。めちゃくちゃプレミアついちゃうよ」
それが狙いだ。
オルナでしか作れない。しかも月に一度しか販売されない幻の菓子。
その希少感が、チョコの価値をさらに釣り上げる。
ただ、タルトはそうすることの意味がわからないようで首をかしげてる。
「あの、希少価値がなくてもたくさん注文されてますよね? なら、とにかく作ったほうがいいんじゃ?」
「利益だけを考えるならな。だが、希少価値があれば別の使い方がある。……貴族や富豪たちの中で話題になっている幻の菓子、それをもらったら嬉しいだろう。このチョコは接待用に開発したんだ。……それに、他にも使い道がある」
滅多に手に入らないものほど、人が羨むものほど、貴族や富豪は欲しがる。
その点、このチョコレートは完璧だ。食べたものが自慢し、オルナでしか売られず、それも月に一度だけ。
そして、品質も伴っている。
「ああ、わかった! あのさ、さっきのクレームいっぱいで大変だって言ってたよね。それさ、めちゃくちゃな条件と引き換えにチョコ送ったりしてるんじゃない?」
「よくわかったな。やっているよ。……貴族や富豪はかっこつけが多くて助かる。とくに女性にいい格好をしようとしている男はね。女性にせがまれて、絶対にチョコレートを手に入れるって約束して、勝手に引っ込みがつかなくなった相手に、情報や、権利を寄越せとか、いろんな融通を利かせてくれと言うとあっさり呑んでくれるんだよ」
「うわぁ、黒。チョコレートより黒いよ!」
金ではなく、オルナがチョコレートを送る条件に要求したのは、金をいくら積んでも手に入らないもの。
それがこの先、オルナに凄まじいまでの利益を生み出す。
驚いたことに、他国の王族までもがチョコレートの魅力にはまり、とんでもないものを差し出してきた。
これが可能になったのはチョコレートに希少性をもたせたからこそだ。
「というわけで、早速、これを手土産にお願いごとをしに行こうと思う。すでに貴族たちの中で、チョコレートの価値は金より高い。多少、無茶な願いも聞いてくれると思うんだ」
センスよく包装された紙箱を取り出す。
「あっ、ルーグずるい、もう一箱あったんだね! おかわりあるじゃん!」
「言っただろ、これは贈呈用だ」
「いったい誰に会いに行くの?」
「光属性の魔法の使い手に。ディアのスキルを活かすためにな。光魔法、早く使ってみたいだろ?」
「うっ、そう言われるとわがまま言えないよ」
「いい子だ。ご褒美に、今度多めにチョコレートを送ってもらおう」
「やった、ルーグ大好き!」
ディアが抱きついてきて、タルトがうらやましそうに見ている。
いつものパターンか。……そう思っていたら、タルトも『ルーグ様、大好きです』と言って抱きついてきた。もしかしたら、あれがきっかけになって、タルトの意識が変わったのかもしれない。
「とりあえず、離してくれ。会いにいく準備をしないと」
「はーい」
「あの、すみませんでした」
当初、光魔法の件は手紙で依頼をしようと思ったが直接会うことにした。
会う相手は、ローマルング公爵の娘ネヴァン。彼女にチョコを手土産に光魔法を教えてもらう。
そして、直接出向くと決めたのは、あの時はできなかった話をしたくなったというのもある。
それは確実に第二王子を暗殺するための協力依頼だ。
ローマルングの娘であるなら、きっと俺の期待するだけの動きができる。
……あと気がかりがある。本当に第二王子を殺したいと考えているのかを再確認したい。たとえ、そう向こうが依頼したとしても真意が別にあるかもしれないのがこの業界だ。
どんな展開になるにしろ、このチョコレートで少しでも相手の気持ちが緩んでくれるといい。
ときにお菓子という物は剣よりも強い武器になるのだ。