神を信じない国 ―Can't see the forest for the trees― 作:ナガシメサメハ
荒れ果てた荒野に、浮かぶは灼熱の太陽。見渡しても地平線まで木々はなく、どこまでも赤い大地が広がっている。雨季もほとんど訪れないこの土地では青空に雲一つ見受けられず、陽光を地表へと直に通した地面はひび割れ、緑の類も存在しない。自然の猛威が降り注いだ結果、息絶えた生物の白骨がそこら中に転がっている。
だが、その中でも転々と黒い粒のようなものが動いており、それをよく見れば、尻尾を持った小さな甲虫が散乱する無数の死骸に這い上っているのだった。それはこの厳しい環境下においても、生き物が存在することを示していた。
そのすぐ脇を、モトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけをさす)がものすごい速さで通り過ぎていき、甲虫は風にあおられふっ飛んだ。
「キノ、この速さじゃ危ないよ!ーーーうわぁっ」
土煙を上げながら走るモトラドが、運転手に警告する。語尾が上ずったのは、軽い石などを踏んだためだろう。車体が少し揺れる。
「いや、せっかくだからもう少しこのままで行こうか。最近は複雑な道ばかりであまりスピードが出せなかったし、こうやって晴れるのも久々だ。エルメスも気持ちいいだろう?―――あぁ、いい風だ」
しかし、キノと呼ばれた運転手はそれには応じない。コートが風ではためき、被った帽子は今にも飛んでいきそうになるが、しっかりとそれを被りなし、なおも走り続ける。日差しはなおも鋭く地表に降り注いでいるが、その顔に不快感はない。
「確かにそうだけど、気をつけてよ?さっきから何回も小石を踏んずけてるからね、こんなところで事故でもおこしてキノが死んじゃったら、とても面白くない」
誰も拾ってくれないだろうしね、とエルメスと呼ばれたモトラドは少しすねたように言う。が、よく聞いてみればそれは軽口の類で、運転手が事故を起こすことなどすこしも考えていない様だった。話題は変わる。
「それでキノ、次の国はこの辺にあるんだろう?」
「うん、昨日見た地図ではこのあたりのはずだったんだけど・・・」
「ちょっと、運転しながら地図を見ようとしないでよ?」
「わかってる―――」
二人がその後も軽くやり取りを続けながら走り、ちょうど太陽が真上に来たころ。遠くにぼうっと壁のようなものが見えてきた。このままの速度で半日ほどモトラドを進めた辺りだろうか、白い建造物があるのがわかる。今の位置からでは詳しくその全容を図ることはできないが、巨大な、どこまでも続いていそうな壁だった。
「やっとだね、キノ」
少し疲れたように、エルメスが声を漏らす。もちろん機械であるモトラドに疲れなどないのだが、連日休みなく走っていたせいだろう。車体のあちこちに泥がはね、少々汚れている。そんなエルメスをみて、キノは声をかける。
「次の国は、モトラドを洗車できる国だといいね」
「あぁ!いま思い出した、まったくだよ!そもそもこんなに汚れたのも元はといえばキノが無茶な運転を―――」
「飛ばすぞ、エルメス」
自分で墓穴を掘ったことは確かだが、エルメスの愚痴が始まる前にと、キノが思い切りアクセルをふもうとしたそのときだった。
「えーーー」
「うわっーーー」
最初にガクン、と体が―――正確には車体だが―――揺れ、その次にキノが投げ出される。エルメスは速度こそ出ていたため直ぐに倒れることはないが、キノは間もなく地面に到達するだろう。
数瞬の間の後、即座に続くゴロゴロと人が転がるような音。まずあの高さから落ちたのでは助からないだろう。キノは優れた身体能力を有しているため、通常の高さであればまだ受け身をとれただろうが、何分スピードを出し過ぎた。コートを巻き込み、キノであった塊はある程度転がると動きを止めた。それに続いてエルメスも運転手を失ったことでスピードが落ち、バタリと横に倒れた。
「・・・だからいったのに」
重いため息がエルメスから漏れる。ブスンブスンと鳴るエンジン音が、エルメスの心境を表しているかのようだった。
「キノ、生きてる?」
エルメスは横目でキノに話しかけるが、キノは動かない。しばらしくして、駄目だったか。そうエルメスが確信した時だった。
「うーん・・・」
モゾモゾとキノがうごき、そしてゆっくりと立ち上がった。コートのあちこちが破れ、額から一筋の血を流している。ただ、目立った外傷はそれだけで、特に大事は無いようだった。
「うわぁ!キノのお化け!!」
「誰がお化けだ・・・いてて」
エルメスは飛び上がるような声を上げて、キノを見た。キノは少しよろめいてはいたが、気にする様子もなく、腰のパースエイダーや頭にかけているゴーグルが無事かどうか調べそれらに損傷もないと知ると、ほっと溜息をついていた。
「とすると、キノはもしかしてゾンビだったの?」
「ちがう、打ち所がよかったんだ」
「でも、それだけじゃ説明できないよキノ。あの速さならどこから落ちたってーーー」
そこまで言ってから、エルメスは言葉を止める。キノが奇妙な形のブレスレットを握っていたからだ。
「キノ、それは?」
「あぁ、たぶんこれのおかげだろうね」
キノがそうつぶやくと同時に、そのブレスレットは音を立てて崩れ落ち、小さな砂の山になった。前に訪れた国で受け取ったこのブレスレットは、その国に住んでいた彼ら曰く『神の宿るブレスレット』なのだという。その国から出る際に半信半疑でそれを受け取ったキノだったが、何かしらの効力が働いていたと考えざるを得なかった。
「あの人たちには感謝してもしきれないな・・・本当に神様が宿っていたのかもしれない」
「珍しいね、キノが素直に感謝するなんて」
そう?と小首をかしげるキノに、先ほどまでの泥汚れに加えてすっかり砂でコーティングされてしまったエルメスが続ける。
「それで、いい加減僕を起こしてほしいのだけれど」
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結局、白い壁までたどり着いたのは日が沈み始めたころだった。赤の大地を夕焼けがつつみ、一面をより深い色へと染めていく。白い壁は光の反射を受けて鮮やかな赤色になっていた。キノはモトラドをとめて、近くにいた衛兵へと足を向けるが、キノが話しかけるよりも先に衛兵がキノへと近づき、話しかけてきた。
「旅の方ですか?・・・お怪我をされているようですが」
額の擦り傷を中くらいの絆創膏で隠していたキノは、少し自嘲の笑みを浮かべながら、
「ここに来る前に転―――獣に襲われまして」
嘘をついた。遠くでエルメスが何を馬鹿な、と言っている気がしたが、キノは気にしない。衛兵は少し目を丸くして、
「この辺りに獣がいたとは・・・」
と呟いていたが、それ以上深くは追及してこなかった。
滞在期間は3日であること、武器の類は所持していても問題ないこと、モトラドを国内で走らせていいのか―――その他幾つか必要なことを聞いて、キノたちに入国許可が下りた。
エルメスを押して門をくぐろうとするキノをじっと眺めていた衛兵だったが、ふと何かを思い立ったようなしぐさのあと、早口でキノに問いかけてきた。
「そういえば旅人さん、これは言うまでもないことなので忘れておりましたが、一応確認させていただきます!」
キノは押していたモトラドを止め振り返り、衛兵の言葉を待つ。暫しの沈黙。重くはないが、軽くもない雰囲気が辺りを包む。
「まさか旅人さんは、神なんてものを信じたりはしていないでしょうね?」
再び沈黙。キノはゆっくりとその口を開く。
「―――はい、もちろん」
衛兵の問いかけに、そうキノは答えた。
門をくぐり国に入るころにはすっかり日も落ちていたので、キノは急いで宿に向かった。月明かりが薄く建物を照らす様は魅力的だったが、お腹もすいていたので案内された宿で食事をとり、シャワーを浴びた。浴室がとても広かったので、ついでにエルメスも洗浄して、エンジンの点検などを行った。
「この部屋、とても立派だねえ」
手の汚れを落として、シャワーから出てきたキノにエルメスが言う。確かにどの家具も綺麗だと思ったし、食事もとても美味しかった。
「珍しいね、エルメスがそんなに褒めるなんて」
「いや、きっとこの国の人たちは余程神経質なんだろうな、どの家具も大きさが均一というか、バランスが一番良い大きさになってる」
そこは几帳面とは言わないんだな、とキノは思うが声には出さない。
「ふうん」
「家具と家具の隙間もきれいに同じ長さだーーーって」
エルメスが感心する中、キノはベッドに飛び込んだ。そのせいでベッドの位置が少しずれる。
「あーあ。おこられてもしらないよ」
大丈夫さ、とキノは布団をかぶる。ベッドも布団もとてもふかかで、そのまま大の字になってキノはすぐに寝た。
翌朝、すっかり日も登ったころにキノは目覚めた。軽く体を動かして、窓をあけて、外を見る。
「―――すごいな」
そこには目を見張るような光景が広がっていた。まずキノを撫でる風、その匂いは花の匂いだろうか、どこか気持ちを落ち着かせるものでだった。またどの建物もついさっきできたかのように純白で、寸分の狂いもなく等間隔に建っている。町の中央には噴水があり、それは一定間隔ごとに違う模様を描き出す。驚くことに、それは光の反射や、建物から延びる影すら利用していた。いつの間にか起きていたエルメスもキノと同じように感動したようで、ほー、と感嘆の声を上げている。
「はやくいこうよ、キノ」
エルメスはもう待ちきれないと言わんばかりで、キノも同じ気持ちだった。
「街を見て回りたいけど、その前にーーー」
「その前に?」
「ご飯を食べてからいこう」
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キノはご飯を三回ほどおかわりしてから、街に出た。エルメスがそんなに食べると豚になるとかモトラドは料理が食べられないから暇だ、とか言っていたが、オイルを交換してやるとそれらの小言は止んだ。
昨日宿まで案内してくれたのと同じ若者が、キノたちを先導して街を回る。若者につれられ見て回る建物はそのどれもが均一に美しかった。ただ、エルメスは何か気になったようで、若者に質問を投げていた。
「えっと、これは全部ここの国の人が建てたの?ここまで全部の建物―――家なら家の大きさ、お店ならお店の大きさが一緒だと気味が悪いや」
「はは、モトラドさんはそういった感想を持ちますか―――ああいえ、馬鹿にしたわけではなくてですね」
そこで若者は一度話を切り、目線を前に向ける。そこには厳かな大宮殿があった。色とりどりの巨大な宝石のようなものが柱に埋め込まれている。
「あそこは、この国の王が住む場所です。像などの類が置かれていないのは、この国には信仰といったものがないからなのです。旅人さんも入国の際に聞かれたでしょうが、この国では神を信仰することはどんなことよりも悪徳とされています。当然でしょう?神なんて存在しないんですから。結局なにかをなせるのは人間だけで、人間の努力、知識、そういったものが次世代を担っていきます。中には1年に1度、収穫に感謝していけにえを捧げたりするような野蛮な国もあるようですが、正直言って気味が悪いですね。命を無駄にする行為です。その分を住民に回せば、より豊かになるというのに」
キノは黙って聞いていた。男はさらに続ける。
「そういえば質問にまだ答えていませんでしたね。はい、そうです。当然ですが、この国に存在するものすべては、自分たちで作っています。それこそ、モトラドさんが先ほどおっしゃったように形や、建物の感覚も均一に、です。―――あぁ、そういえば、今建設中の建物がありましたね。案内いたしましょうか?」
キノは、コクリとうなずいて男の後に続いた。
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その日の夜、昨日と同じ宿でキノは軽くシャワーを浴び、着替えをすますとふかふかのベッドに大の字で寝転がった。
「いやぁ、すごかったね」
よいしょ、と体を起こしてキノはベッドに腰掛け、ハンドパースエイダーをカチャカチャと動かす。いつも通りのメンテナンスだが、その顔はわずかに上気していた。
「でもあれは、なんのトリックだったんだろう」
若者に案内されて建設現場に向かったキノたちが見たものは、とても不思議なものだった。
そこで働く人々は、普通―――といってもキノを基準にしたものだが、普通の人間の三倍程度の量の材料を一人で運び、ふるう工具は一振り毎に作業が終わっていく。結局キノが見に来た時にはまだ骨組みだった家が、夕方には完成していた。あれほどの大きさの家を建てるなら、通常5か月は要するだろう。
しかも、よくよく話を聞けばあの純白の壁は掃除をしたことはないのだという。建設してからはいつ見てもあのように美しいままであるため、掃除の必要がないらしい。
「まるで魔法か、神様から与えられた奇跡、みたいだった」
「神様ねぇ。そんなこと外で言ったらこの国にはもういられないだろうね」
「そうだね―――できればこの秘密を解明したいところだけど、明日で3日目だからなぁ。街の東で日中やっている屋台が絶品らしいんだけど、南にある『温泉』というのも気になる。だめだ、行きたい場所が多すぎる。それに、あまり近づかないほうがいいって言われた場所もあるし」
「じゃぁ、その場所以外で悩んでるわけだ」
「―――いや」
キノはかぶりを振る。
「行かないほうがいいって言われると、どうしても気になるから、悩んでる」
3日目―――この国に滞在できる最後の朝、キノは昨日よりも少し早い時間に起きると、荷物をまとめて郊外へと向かった。国内でエルメスに乗ってもいいと許可は出ていたが、色々な建物をゆっくり見たかったので、手で押して向かった。
しばらく歩くとそれまでの均等に並んでいた建物が、ある地点でプツリと途切れ、先ほどまでとは異なる舗装されていない道路、国の外で見たような赤い大地が続いていた。
そこからキノはエルメスに乗り、ゆっくりと走り始めた。
途中、不自然なほど開けた大地にポツリと木々が生えているのを見かけたが、それ以外には赤い大地と、ゴロゴロとした岩以外に気になるものはなかった。
暫くすると粗末な、ともすればこの国で一番小さいだろう小屋がぽつんと立っていた。木で組まれた簡素な小屋であり、そのそばには小さなトラクターがとめられていた。キノはそのトラクターの近くにエルメスをとめて、辺りに特徴的な建物がないか注意深く観察するとドアを軽くノックした。きっとここが、住民の言う近づかないほうが良い場所なのだろう。腰に下げたパースエイダーに軽く手を伸ばしながら、キノは反応をうかがっていた。
「ぁ―――いま行きます」
すると中からバタバタと音が聞こえ、ガチャリとドアが開かれた。
「はいはい、どなた?」
出てきたのは中年の男性だった。灰色のローブに身を包んでおり、そのずり落ちた眼鏡を上げてキノを見ている。やせ細ってはいたが血色はよく、もしかすればキノが思っているよりもずっと若いのかもしれなかった。
「あぁ、旅人さんか、なんでここにーーーいや、こんなところで話すのもなんだ。さぁさ、上がってくれたまえ。みすぼらしい小屋だが、客人とあればもてなさせていただこう」
そこのモトラド君は申し訳ないが、と男は部屋の奥へと歩いて行った。キノは少し迷ったのち、その後についていく。
小屋の中は見た目よりは広く感じたが、それは家具が少ないからだろう。目につくのはベッドとテーブルとイス、それと大きな家具は調理棚くらいだった。
男はキノを椅子に座らせると、手慣れた手つきで紅茶を入れていく。辺りを花の香り―――街でキノが嗅いだのと同じ匂いが包んでいく。
男はキノをじっと見て、そして口を開いた。見た目とは程遠い、良く通る声だった。
「ここに人が来るのは本当に久しぶりだ―――旅人さんが十数年前に訪れたきりだったかな。もしよかったら、この国で感じたことを聞かせてくれないかい」
キノがコクリと頷き、そして話し出す。目の前の男は、今までこの国で見た住人とは少し雰囲気が違うように感じた。
「この国の人は、魔法でも使えるのでしょうか?この国の人―――彼らは見たところ普通の人間でした、ですが彼らは人間の許容できる積載量を超えてものを運び、彼らが金槌を一振りすれば目に見えて家が完成に近づいていきました。今考えれば、この国でいただいた料理―――とても美味しかったですが、それも出てくるのが異様に早かったと思います。ここは、どんな国なのですか」
「あぁ、なんだそんなことか」
キノの話をじっと聞いていた男だったが、途中で席を立つと紅茶を入れていたコップを掴んで、床に放り投げた。コップは重力に導かれ、落ちていく。
「その理由はつまり、こういうことさ」
が、地面につくその瞬間コップはぴたりと止まり、世界の法則に逆らうように宙へと浮いていき、男の手へと戻っていった。その目はいつの間にか黄金色の輝きを放ち、その髪も同じような黄金の輝きを見せ、そこに先ほどまでのくたびれた様相はない。漂う威圧感にキノは咄嗟に腰に手を伸ばすが、それを男の声が制する。
「おおっと、君に危害を加えるつもりはないんだ、パースエイダーを抜くのはやめてくれたまえ。今は人の体を借りているんだ、死んでしまう」
男はコップを掴みなおし、紅茶を入れキノの前に差し出す。目も髪の色も、もう黒に戻っていた。
「私は神なんだよ。まぁ、神といっても地域限定で、この国にしかいられないんだけどね」
所謂土着神というやつさ、と男は言う。
「私はこの場所にもう何百年も前から住んでいる。そして一人の女に恋をした。神の法では禁忌とされていたが、私はその女と結ばれ子供を作り、その子孫が彼ら―――この国の住人というわけだ」
そこで男はふぅ、とため息をつく。
「だから彼らには私の力の残滓が残っている。だが何の因果か、彼らは神を信じてはくれなかった。寧ろ神という考え方を排斥し、信仰する者がいれば極刑にする始末だ。私は姿を隠すためこの辺境に住み、彼らの認知の部分を操って私への扱いを辺境でくらす変人という事にした。彼らは私がいることは認識できても、神であることはわからない」
「この国は旅人さんが住むには向いてないだろうね。たまに来る分にはとても良いところだとは思う。建物はきれいだし、食事はおいしいし、生水だってここでは飲める。けれどここに住もうとするなら仕事をしなければならない。その時旅人さんはお荷物―――いや、もっとひどい扱いを受けるかもしれない」
キノが一つの国には3日しかいないルールがありますから、というと男は安心したように、
「そうかい、だったら安心だ。それで、今日がその3日目なんだろう?だったら、こんな辺鄙なところにいないで、最期に有名な噴水でも見てくるといい。それとも、もう見てきた後だったかな?」
「―――なんでそれを」
「神だからさ」
男は目を丸くしているキノにそういうと、笑いながら部屋のドアを開け、キノを見送った。
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「それでキノ、どうだった?」
外ではもう日も傾き始めていたので、キノは急いでエルメスに跨り走り始める。舗装されていない道路から、再び均整の取れた住宅地へ。そこから噴水の広場を通り過ぎ、街の中心部を抜ける。
「この国が?それとも、さっきの?」
「どっちもさ」
エルメスが言う。キノは少し神妙な面持ちになって呟いた。
「・・・そうだね、やっぱり神様はいるんだと思ったよ」
「・・・キノ、何回も言うけどそれはカマをかけられただけ―――」
「あの、旅人さん!少しお話を聞いてくれますか!!!旅人さーん!!!」
門が見え、いよいよ出国といったまさにその時、エルメスの声をさえぎるようにして、キノは何物かに呼び止められた。ふりむいて見れば、キノを案内してくれたあの若者だった。
「よく会いますね、なにか御用ですか?」
キノが訪ねる。男の顔色は悪く、汗ばんでいた。
「旅人さん、大変なことになりました。この国に、悪魔が生まれてしまったんです!」
「悪魔?」
「普通であれば、生まれてから1時間もたてば立ち上がるはずの赤子が、立ち上がらないのです。この国の医療は発展していますが、その技術力を持っても、異常が発見されなかったのです」
「・・・それで、その子はどうしたんですか」
「もちろん殺しました。子供の両親も同じようにです。我々の国で今まで悪魔が隠れていたと考えるととても恐ろしいことです」
男は早口で捲し立てる。周りの人は驚いたり嫌な顔をしたり様々な反応をみせるが、男は気にしない。
「それで旅人さんに聞きたいのは、なにかこの悪魔について聞いたことはないかということです。旅をしてたくさんの国を見て回っているキノさんなら、何かご存じではないかと思いまして」
そこまでいうと、男は深服のポケットからハンカチをだすと、額の汗をぬぐった。余程急いでいたのだろう、呼吸は荒く、肩で息をしていた。
「生憎ですが、ボクにはわかりません」
「同じく」
キノとエルメスがたんたんと告げると男はガックリと肩を落とし、
「そうですか・・・」
と呟くと、呼び止めて申し訳なかったと言い、早足でどこかへ去っていった。キノはその背中を、ただじっと見ていたが、ふと昨日案内された建物に目を向けた。
そこには、まだ骨組みだけの建物がいくつも並んでいた。
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土煙をあげながら、一台のモトラドが荒野を駆ける。
「神は信じていなくても、悪魔は信じていたんだね」
エルメスがキノに話しかける。その車体は黒の光沢を放ち、エンジンは快音を鳴らしている。
「いや、ひょっとするとさ」
キノは花の香りを思い出す。それは街で、神を名乗る男の家で―――そして、宿で飲んだ紅茶の香りだった。
「いや、やっぱりなんでもな―――うわっと」
「だから、そんなにスピード出したら危ないって!」
荒れ果てた荒野を一台のモトラドが通り過ぎる。焼け死んだ甲虫だけが、それをただ眺めていた。