国道246号線の起点である三宅坂に「三宅坂小公園」があります。江戸時代ここは三河田原藩の屋敷でした。 田原藩の家老で蘭学者だった渡辺崋山はここで生まれました。通称を登といい寛政五年(1793)大部分をここですごしました。貧窮に喘いだ暮らしぶりだったといわれています。生活のために絵画を学び、伝統的な画法に西洋式の遠近法や陰影法を取り入れたスケッチをたくさん残しています。 しかし、それよりも崋山が歴史に名を残したのは、いち早く西洋世界の実情を知って『慎機論』などを著し、「蛮社の獄」によって弾圧されたからでしょう。
【概要】