1―はじめに
2―アルファベットのキー配列はQWERTY配列だけではない
実は、各国ともタイプライターの伝統があることから、タイプライターのキーボードについては、国・言語によって多種多様な配列が存在している。主要な例とそのQWERTY配列との主たる差異及びその理由を挙げると、以下の通りである。
(1) QWERTZ配列
ドイツ語圏では、「QWERTZ(クウォーツ又はクヴェルツ)配列」といって、QWERTY配列とは、ZとYの位置が交換された配列が使用されている。これは、ドイツ語においては、ZがYよりもはるかに多用され、さらにTとZが連続して使用されることが多いためである1。この配列は、ドイツ語圏のドイツ、オーストリア、スイスに加えて、ラテンアルファベットを用いる東欧等でも使用されている。
1 これ以外にも、キーボードのPの右にü、Lの右にä、öといったドイツ語特有のウムラウトの付いた文字や上段の数字の0の右にß(エスツェット)という文字のためのキーが置かれている。
フランス語圏では、「AZERTY(アザーティ)配列」といって、QWERTY配列とは、AとQ及びZとWの位置が交換された配列が使用されている。さらに、QWERTY配列ではセミコロンがあるLの右にMが配置されている2。これは、フランス語では、ZがWよりもはるかに多用されることや英語に比べてQの使用頻度が高いことによるようだ。この配列は、フランスやベルギー等で使用されている。
なお、フランス文化省は、2016年1月に、AZERTY配列について、「フランス語キーボードでフランス語を書くことが不可能である」との公式見解を発表しており、今後フランス文化省とアカデミー・フランセーズ(国立学術団体)とで、新たなキー配列の標準化を検討することになっているようだ。
2 これ以外にも、数字の0~9のキーについては、そのままキーを押すと、é、à等のフランス語特有のアクセント付きの小文字が現われ、数字を入力するにはShiftキーを押さなければならない等の差異がある。
これ以外にも、EU諸国の中では、QWERTY配列をベースに、それぞれの言語に対応した独自のキーボード配列を採用している国がある(イタリア語のQZERTY配列、ポルトガル語のHCESAR配列等)。
(4) Dvorak(ドヴォラック)配列
QWERTY配列をベースとしていないものとしては、「Dvorak(ドヴォラック)配列」と呼ばれるものもある。これは、英文入力に特化して設計されたキー配列で、1932年にオーガスト・ドヴォラック(August Dvorak)博士が、アルファベットの出現頻度と相関性を分析して、打鍵効率の向上や身体的負担軽減を追求することで、考案した。
QWERTY配列とは大きく異なっており、母音が左手中段、子音が母音に連続する出現頻度の順で右手側に、配列されており、左右交互に打鍵することが特徴となっている。英文のキーボードのタイピングの入力速度のギネス世界記録は、Dvorak配列使用者によって達成されている。
3―QWERTY配列はどうやって開発され、デファクトスタンダードになってきたのか
ここでは、基本的にはこの本の記述を参考にしつつ、私がなるほどと思ったその他の情報も交えて、説明を行っている。従って、必ずしも「安岡著書」に沿ったものとはなっていないので、敢えて述べておく。
1|QWERTY配列の始まり
皆さんもご承知のように、コンピュータのキーボードは、タイプライターのキーボードから来ている3。タイプライターは、1人の人間が発明したものではなく、多くの人々が関わる中で、現在の形に進歩してきた。例えば、1714年に初期の発明家として知られている英国のヘンリー・ミル(Henry Mill)が、タイプライターの特許を取得したとされている。
商業的に成功を収めた最初のタイプライターは、クリストファー・レイサム・ショールズ(Christopher Latham Sholes)らが1867年に発明したものがベースとなっていた。安岡著書によれば、この頃のキー配列については、既に現行のように数字を最上段とする4段配列形式であったが、英文字については、アルファベット順をベースとしつつも、A、E、I、O、U等の母音を最上段に配置し、中段にBからM、下段にNからZが配置されていたのではないかと推測されている。
しかし、1873年にレミントン・アームズ(Remington Arms)社が製造したタイプライターでは、さらに現在のQWERTY配列にほぼ類似した配列が使用されていた。
このQWERTY配列の採用についての一説は、初期のタイプライターユーザーであったモールス信号のオペレーターたちのために設計されたものであった、というものがある。その内容は、以下の通りである。
QWERTY配列が誕生する19世紀のアメリカでは、モールス符号が現在のモールス符号とは異なる使われ方をしていた。当時のモールス符号では、「Z」を表す符合は、「SE」を表す符合と混同されやすく、特にそれが最初の文字の場合、さらに判別しにくかった。そこで、「Z」、「S」、「E」の3つが近くに配列されることになり、また「C」も混同されやすい「S」、「E」の近くに配置されたとのことである。
もちろん、これだけの内容でQWERTY配列になった理由を説明し尽くすことはできない。実際には、ショールズがタイプライターを開発している時には、様々なキー配列を試したとされている。その中には、QWERTY 配列のホームポジションである真中の行にほぼアルファベット順に準じた並び(ASDFGHJKL)があることから、安岡著書でも指摘されているように、出発点として先に紹介したようなアルファベット順があったものと考えられているようである。
その後、例えば、「子音で最も使用頻度の高いTが英文字の最上段の中央に移され、使用頻度の低いQが左端に追い出された」(安岡著書)ということが行われたようである。
ただし、ショールズにとっては、この段階でのQWERTY 配列については、「あくまでも通過点であり、商品化の時点でたまたま手元にあっただけの、文字をまあまあ探しやすいキー配列に過ぎない」(安岡著書)ものであったようである。その後、ショールズは、使用頻度の高い文字を探しやすくする、との方針に則り、キー配列を(QWERTY配列から)かなり大胆に変更した案も考案していたようである。
3 現在のコンピュータのキーボードのキーの位置が行ごとに若干ずれているのは、手動式タイプライターの名残ということである。
1873年以降、特許の問題等もあり、キー配列についても各種の変更が行われた後、現在のQWERTY配列になったのは、レミントン社が1882年に発売したタイプライターからである。
その後、このQWERTY配列が標準的な配列として確立されていくことになる。この過程では、安岡著書によれば、「1890年頃のアメリカでは、かなり多くの会社が独自のタイプライターを開発し、生産するようになっており」、そのキー配列もかなりバラバラであったが、1893年にユニオン・タイプライター社が設立され、「タイプライター・トラスト」を実現させることで、寡占状態となり、キー配列もQWERTY配列にほぼ統一されていくことになっていった、とのことである。
さらには、先に述べたように、Dvorak配列のような新たなキー配列も開発され、効率性と言う観点からは、Dvorak配列の方が良いとも言われてきたが、QWERTY配列を代替するものは現われずに、今日に至っている。