【スポーツ】[高校野球]吉田輝星、881球「もう投げられない」 金足農、準V2018年8月22日 紙面から
◇<決勝>大阪桐蔭13-2金足農みちのくのドクターKが力尽きた。秋田大会から一人で投げ続け、甲子園では大会ナンバーワン投手となった金足農の吉田輝星(こうせい)投手(3年)は、大阪桐蔭打線に2本塁打をあびるなど12失点。秋田勢としては第1回の秋田中以来103年ぶり、東北勢としては12度目の決勝進出も悲願は成就しなかったが、吉田を中心とした金農旋風は100回大会の記憶として永遠に刻まれる。 ◇ 吉田が5回、大阪桐蔭の根尾に被弾した。「見なくても分かるホームランだった。桐蔭の打線は思い描いたより、はるかに上。厳しい球を投げても当ててきて全く歯が立たなかった」。東北悲願の甲子園制覇の期待を背負った金足農のエースが完敗を認めた。 秋田大会で5試合、甲子園でも準決勝まで5試合を完投。起きた時から疲れを感じていたが「疲れがふっとぶくらい、みんなからパワーをもらって投げよう」と登板した。前夜には帽子のつばに「マウンドは俺の縄張り」「死ぬ気で全力投球」と書いた。 4回から臀部(でんぶ)中心に下半身が痛み始め、球威も球速も出ない。4回に宮崎に3ランを浴び、5回には根尾に2ラン。菅原天空(たく)内野手(3年)に駆け寄られると、「もう投げられない」とポツリ。これまで仲間が見たことがない弱音。たまらず菅原と主将の佐々木大夢外野手(3年)が、中泉一豊監督(45)に降板を進言した。6回から右翼へ退き、今夏初めてマウンドを降りた。 敗れはしたが「3年生全員が勝つっていう気持ちが強く、この9人で戦えて本当に良かった」と1度の交代もなく今夏を戦った仲間に感謝した。スタメン全員が地元の中学軟式出身。中学3年時に硬式ボールに慣れるための講習会に参加したメンバーに、金足農OBの父を持つ吉田が入学を誘ったのが全ての始まりだった。この仲間で優勝旗を持ち帰ることが夢で、吉田は金足農グラウンドにある一塁ベンチのホワイトボードに「甲子園優勝」と書き残していた。 プロ志望届を出せば上位指名は確実だが「野球を続けるけれど先のことは考えていない」と進路を明言しなかった。守りについた右翼から見た聖地は「夢のような広い球場でした。頑張るほどにたくさん応援してくれて感謝しかないです」。試合後、一人でマウンドの土を袋に詰めた。100回目の夏を彩った881球の熱投に大観衆も東北初の優勝を夢見た。温かい声援を胸に故郷へ帰る。 (平野梓) ◆秋田プロジェクトが実った 103年ぶり快挙「さらに強くなった」これまでにない強打に金足農は歯車が狂わされた。打線をけん引してきた菅原は「6-1にされてもまだいける感じだったが、根尾くんにホームランを打たれて、バントで1点ずつじゃ追いつけないなと思ってしまった」と振り返った。得点圏に走者を進めて1点ずつ取る野球が圧倒的なパワーに粉砕された。ばれていると警戒してサインを変えたのも裏目で2回にはスクイズを失敗した。中泉監督は「全国一になるためには攻撃力がもっと必要だと思いました」と新たな課題を口にした。 秋田県勢として103年ぶりの準優勝に輝いたのは、県をあげての高校野球プロジェクトの成果でもあった。秋田代表が夏の甲子園で13年連続で初戦敗退したのを受けて2011年に県外の指導者を招いてスタート。吉田らは学童時代に指導を受けた世代。2015年夏の甲子園では秋田商が8強入り。愛知の享栄監督で外部指導員だった大藤敏行さん(56)は「意識が変わったのが一番。秋田商の8強入りでできるんだという気持ちになった。この準優勝でさらに強くなったと思う」と期待を込めた。 (小原栄二)
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