trialog Vol.1
「融解するゲーム・
物語るモーション」レポート
世界をシステムを記述する、
21世紀の
デジタルクリエイティブ
2018年6月5日(火)に開催された
trialog vol.1「融解するゲーム・物語るモーション」。
会場となる東京・渋谷のEDGEofには多くの来場者が詰めかけ、
白熱した「三者対話」に耳を傾けた。
今回行われた3つのセッションは、
ゲームやVR、アニメーション、モーションデザインと
縦横無尽に領域を横断。さまざまな観点から、
これからのデジタルクリエイティブの可能性が紐解かれていった。
- PHOTOGRAPHY BY KAORI NISHIDA
- TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
- SESSION1:
そしてゲームは融けてゆく - SESSION2:
プラットフォーマーの想像力 - SESSION3:
新しいモーションと未知なるエモーション
雨にもかかわらず多くの来場者が詰めかけ、会場となった「EDGEof」は熱気に溢れていた。ゲーム業界やアニメーション業界だけでなく、人材派遣会社など幅広いジャンルから若い世代の人々が議論へ熱心に耳を傾けていたのが印象的だ。
世界を「記述」するためのゲーム
最初のセッション「そしてゲームは融けてゆく」に登壇したのは、2017年に発表したゲーム『EVERYTHING』で世界中に衝撃を与えたアーティストのデイヴィッド・オライリー。trialog代表の若林恵と共同企画者の水口哲也を交えて始まった「三者対話」は、まずデイヴィッドの「肩書」から彼の活動に迫ってゆく。
アニメーション作家としてキャリアをスタートさせ、さまざまな形で作品を発表してきたデイヴィッドの肩書は「アーティスト」だ。「ご自身をどう定義されていますか?」という若林の質問に対し、デイヴィッドは次のように答える。
「説明するうえで簡単で便利なのでアーティストと名乗っていますが、それが嫌でもあります。クラシカルなアニメーション作品から始まり色々な作品をつくってきましたが、共通しているのは『つくる』こと。新たなツールで表現することが好きなんです。ひとつの職業にとどまらず、自分自身の表現の複雑さを高め、アイデアを世界に発信していきたい」
かくして彼の活動範囲は徐々に広がっていき、近年は積極的にゲーム作品を制作している。「ゲームというインタラクティブメディアの世界に飛び込むきっかけはなんだったんですか?」と尋ねる水口に対し、デイヴィッドは「なぜわれわれはものをつくるのか」という大きな疑問がきっかけとなったのだと語る。
デイヴィッド・オライリーが2017年に発表したゲーム作品、『EVERYTHING』のプレイ動画。この作品を通じ、プレイヤーは宇宙から原子、ピザからビルに至るまであらゆる存在の視点を体験できる。哲学者アラン・ワッツによる朗読が重ねられることも特徴のひとつ。
「アニメーションをつくるのは好きでしたが、一体何をしているんだろうと自分を見失うことがありました。そのとき考えたのは、現実世界を記述したいということ。言葉では説明しきれないものを、アート作品を通じて表現したかったんです。木が成長して枯れて死んでいくような、毎日当たり前のように捉えている生命を描けたら面白いし美しいなと思いました」
現実世界を生きるわたしたちの生命を描写するために最も適していたのが、ほかならぬ「ゲーム」だったのだとデイヴィッドは続ける。
「わたしにとってゲームの特徴となるのは“システム”です。インタラクティブなシステムは生命そのものを描写するのに向いている。映像だと空間と時間が制限されますが、ゲームはプレイヤーの決断によって時空間がつくりだされる。それは生命の体感に近いのだと思います」
分子から宇宙にいたるまで万物に憑依できる『EVERYTHING』は、もちろんプレイヤーが自由に自らを操作できるようになっているが、一方では自動プレイによっても楽しめる。「こうしたコントロールは、生命の面白い要素のひとつでもあります。自分が自らを操作している気にもなれるし、操作から外れることもできる。生きることについても同じことがいえるでしょう」
ユーモアを織り交ぜながら軽快に進むデイヴィッドのトークはしかし、彼の世界観や独自の哲学を感じさせるものであり、示唆に富む内容にはクリエイターのみならず会場中の人々が熱心に耳を傾けていた。
ゲームによる世界の認識
こうしたデイヴィッドの発言を受け、若林は21世紀こそが「ゲーム」の時代なのではないかと語る。
「ドストエフスキーやメルヴィルの活躍した19世紀は、『小説』が先鋭的なメディアだったとよく言われた。20世紀に入り、それが『映像』にとって代わられた。21世紀の新しい形式は、『ゲーム』なのではないでしょうか」
デイヴィッドも若林に同調し、「本物の詩はゲームによって成立しうると思います」と目を輝かせた。同時に、ゲームのように新しいテクノロジーと芸術は常にコンフリクトを起こしながら前進してきたことを忘れてはいけないのだと語る。
「博物館に行くと、たいてい最初に展示されているのは弓矢です。ダ・ヴィンチは武器のデザイナーだったし、インターネットも軍事産業と結びついている。テクノロジーが生み出す暴力と芸術は近い位置にあるけれど、そのコンフリクトにこそ大きな可能性があります」
『EVERYTHING』は文字通りすべてを表現してしまったのではと語る水口に対し、「あれは自然のカリカチュアです」とデイヴィッドと笑う。まだこれからも表現したいことがたくさんあるのだという。
とりわけテクノロジーに関していえば、デイヴィッドはいま「ポリゴン」を超えていくことに興味があるのだと語った。「最近のゲームを見ると非常に複雑なポリゴンを使っていますが、個人的にそれは“答え”ではないと思うんです。複雑な方法で世界を表現しようとしていて、多くのポリゴンは効果的ではありません。その点、『シェーダー』と呼ばれる陰影表現を行うツールは影によって多くのものを表現できるので注目しています」
デイヴィッドはしばしば「複雑性」というフレーズを口にするが、彼は複雑なものを表現しようとする際に「リアルさ」を進んで手放そうとしている。本人は「ショートカットが好きなんです」と笑いながら語るが、『EVERYTHING』でプレイヤーが操作する動物がシンプルながら独特の動き方をすることからもわかるように、デイヴィッドはむしろ「引き算」によってこの世界の複雑性を表現してしまう。
「動物にリアルな動きをつけようとすると、かえって自然界の動きからは遠ざかってしまいます。命に何が起きているか伝えきれないんです。だからこそ、どういった部分を取り除いていくかには非常に拘りました」
『EVERYTHING』のなかで動物が見せる特徴的な動きはしばしば一種のユーモアとして受け取られてきた(そのため、ゲームのトレイラー映像を流すと会場からは笑い声もあがった)。しかし、その背後にはさまざまな現実を記述せんと欲し、世界と真摯に向き合おうとするデイヴィッドの姿がある。その論理の明晰さとスケールの壮大さに壇上の若林・水口はもとより、会場を埋め尽くす来場者も衝撃を受けたのであった。
SESSION1: そしてゲームは融けてゆく ゲームによる世界の認識
イベントの様子はTwitter上にてライブ中継されていた。のべ数万人を超える視聴者数を記録するなど、ネット上でもトークの内容が注目されていたことが伺える。
「テクノロジー」としてのVRの先へ
続く2つめのセッションは、デイヴィッドと入れ替わるかたちでソニー・インタラクティブエンタテインメント ソフトウェアビジネス部 次長 兼 制作技術責任者の秋山賢成が登壇した。
PlayStation®VR(PS VR)のキーマンとしても知られる秋山は、水口のゲーム制作に対してもテクニカル面のサポートを行ってきた。水口と秋山というVRゲームを牽引するふたりが揃ったセッションはしかし、「実は早くVRの時代が終わってほしいと思ってるんです」という水口の衝撃的な発言から始まった。
「本気で終わってほしいと思っているわけではなくて、VRの限界がいずれ来ると思うんです。高解像度化・軽量化によってハードウェアとしては特異点に向かっていくけど、VRは没入感がある一方で分断も生んでしまう。ぼくはAR的なものへ推移していく未来を夢見ています」
水口は単にVRの終焉を望んでいるわけではなく、テクノロジーの先へと議論を進めたいのだと語る。「このまま進化すれば、じきにハードウェアの進化が必要なくなる瞬間が来るかもしれない。そこで再び、自分たちが何を見たくて何を感じたいのかが問われる。ぼくらはデバイスが欲しいわけじゃなくて、それを通じて体験できる何かを求めてるわけですから」
若林も「テクノロジー自体がコンテンツになる期間はどんどん短くなるはず」と水口に同調し、テクノロジーによってクリエイターが表現する新しいビジョンこそがわたしたちの感覚を拡張できるのではないかと語る。
「よく使う喩えなんですが、音楽の歴史を変えたのはジミ・ヘンドリックスなのかエレキギターなのか。もちろんジミヘンはエレキギターがなければ存在しなかったけど、エレキギターもジミヘンがいなかったらいまのようにはなっていないはず。個人的には僅差でジミヘンの勝ちにしておきたい気持ちがあるんです」
秋山がこれまで携わってきたゲーム機器についても全く同じことがいえるだろう。「ゲームをつくっていくクリエイターがいなければ、いまのプレイステーションはなかったと思います」。そう秋山は述べる。「ぼくらの想像の範疇を超えた提案をいつもされるので、ぼくらも負けないようにする。追いかけっ子ですよね。そういう意味では、クリエイターの要請に応えてテクノロジーの進化が続く可能性はまだまだあると思います」
『Rez Infinite』トレイラー映像。2001年に発売されたサウンドシューティングゲーム『Rez』をアップデートする本作は、ヘッドセットのみならず全身に振動を伝える「シナスタジア・スーツ」が合わせて開発されたことでも話題を呼んだ。
新たなナラティブの開発
ヘッドセットによるVRが強烈な「一人称」の体験をもたらしたように、メディアが変わると必然的に表現のレトリックも変わっていく。そのうえで水口は、ゲームがもつ「不思議な一人称」について語り始めた。
「一人称のときもあれば、俯瞰した三人称のときもあるのに、何となく自分に感じられる。デイヴィッドの『EVERYTHING』もそうだけど、あらゆるものに憑依して自分が融けちゃってて、人称がどうでもよくなっちゃう。それって人間の想像力と関係していると思うんだよね。客観視する能力を手にすると、目の前の風景も変わっていく。その変化を許容するプラットフォームやテクノロジーが表現には常に寄り添っている気がする」
水口が指摘した人称の問題に限らず、まだまだ試みられていない表現は残されているのだろう。若林も「テレビが発明されたとき、これから誰も映画は見なくなると言われた」と語り、しかし現実はそうならずむしろ新たな表現の形式が生まれたのだと続けた。
「テレビが発明されたことで、90〜120分のなかでつくられた映画のナラティブは変わった。テレビに合わせた45分×3カ月みたいなフォーマットに話法やレトリックもシフトしていったわけです。独自のナラティブとコンテンツをどれくらい開発できるのかが重要なんだと思います。そういう意味ではVRにもぼくらの想像していないコンテンツがまだありうるはずです」
秋山もVRというだけで先入観をもってしまうクリエイターが少なくないことを指摘し、より柔軟なアプローチが必要だと続ける。「先人をリスペクトしたうえで、違う体験をつくれることが重要なんだと思います。あれができないならこうしようと気持ちを切り替えられる人がVRでは面白いことができるのかなと」
VRの終焉から始まったセッションはこうして、紋切り型のVRの先にあるまだ見ぬコンテンツへの希望が提示されることで幕を下ろした。
SESSION2: プラットフォーマーの想像力 テクノロジーとしてのVRの先へ
ジャンルを超える「共通言語」
最終セッションには、ポリゴン・ピクチュアズの代表取締役である塩田周三とフランスから始まったモーションデザインの祭典「Motion plus Design」ファウンダー、クック・イウォが登壇し、クリエイターの制作環境について議論が繰り広げられた。
クックがMotion plus Designを立ち上げたのは7年前のこと。「グラフィックデザインの展示会に行ったとき、モーションデザインの展示がなかったのが不満で。実はモーションデザインの博物館をつくりたくてMotion plus Designを立ち上げたんです。最初はモーションデザインを定義づけることが課題だったんですが、文字で説明するのではなくビデオを用意したらネット上で話題になり注目されはじめました」
こうして立ち上がったMotion plus Designだが、いまだにモーションデザインを定義するのは難しいのだという。「グラフィックデザインが何なのかから考える必要がありますから。アニメーションやグラフィックデザインの境界についても考えなければいけないんです」
こうしたある種の曖昧さが一方ではモーションデザインに豊かさを生んでいるといえるだろう。事実、Motion plus Designは業界を横断するイベントへと成長しており、毎回会場にはモーションデザイナーに限らず多くのクリエイターが集まっている。
さまざまな背景をもつ人々が集まっているという意味では、塩田が率いるポリゴン・ピクチュアズにも同じことがいえる。同社のアニメーション制作に携わるスタッフのうち、美術大学出身者は2割を下回るという。しかし、一人ひとり異なった背景をもっていても、アニメーションやマンガに囲まれて育ってきたがゆえに自然とアニメーション制作に必要な感覚が身についている。塩田はそれを「日本の特異性であり強み」だと語る。
ただし、一方ではシステマティックに仕事を進めるためにはお互いに会話するための「共通言語」が必要となるのも事実だ。「学校に行くのはそのためですよね。先人の知恵を糧として新たなことに取り組む」と塩田は語った。かつて製鉄業に携わっていた塩田は、製鉄業のクリエイティビティを共通言語としてアニメーション業界に持ち込みイノベーションを起こしたことでも知られている。
「産業が安定していると言語がしっかり定まっているんだけど、ゲーム、アニメ、CGとそれぞれ言語が異なっていて、言語自体が拡散してしまっている。そこでMotion plus Designは新しい言語をつくっている場なんじゃないかと思ったんです」。そう若林が語るように、Motion plus Designは新たな共通言語をつくっている。それも「コミュニティ」を提供するというやり方で。
コミュニティからのインスピレーション
「普段は自分だけで過ごすことに慣れていたとしても、人と会うとコラボレーションが発生します。イベントを開くと新たなクリエイティビティが生まれるんです」とクックは語り、出会った人々がその場で繋がれるよう自身のミートアップでは800人という規模を設定していることを明らかにした。
「コミュニティをつくることは大事ですよね」と塩田もクックに賛同する。「業界のなかだと意外に出会う機会が少なかったりする。だからこそ空間と時間をわざわざつくる必要がある。コミュニティをつくって、そのなかで経験や知識を共有できるといいですね」。塩田が6月末に計画しているイベント「THU Gathering Tokyo」はまさにそのために開催されるものだ。
コンテンツの消費スタイルが変化し、プロダクトのあり方も変わりつつあることで、こうしたミートアップイベントの需要はますます高まっているのだという。「みんなインスピレーションを必要としています」とクックは述べる。
『GODZILLA 決戦機動増殖都市』特報映像。ポリゴン・ピクチュアズが制作を手掛ける作品は劇場版アニメからTVアニメ、PV、CIなど非常に幅広い。製鉄業という異なる業界を出自とする塩田がより効率的な制作フローをアニメーション業界にもちこんだことで、同社は国境を越えてより幅広い活動が可能になったといえるだろう。
「作品制作のためのインスピレーションではなくて、生きるうえで必要なインスピレーションです。われわれが伝えたいのは、スピーカーがどういう生き方をしてきたのか。よく『子ども時代の経験を話してください』とお願いするんです。わたしたちのインスピレーションは子ども時代に培ったものだと思いますから。そういった話を聞くと、クリエイターが身近に感じられるようになる。みんなその人のことを知りたいんですよね」
塩田も「テクニックやハウツーならネットを見れば載っているので」と苦笑する。「イベントに行って、神のような存在だったクリエイターから本人の苦労してきたことを聞くことが素晴らしい経験になるんです。神と崇めてた人が普通の人になって、同じコミュニティに属せるようになる」
多くのクリエイターは常に不安を抱えている。だからこそ、自分以外のクリエイターが何に考え、何に悩んできたのか知れるだけで大きな心支えになりうるのだ。
これからのデジタルクリエイティブは境界が流動的になってゆくことで、より一層既存のロールモデルは成立しなくなってゆく。だからこそ、単にテクノロジーを進化させたりストーリーテリングの技法を開発したりするだけでなく、クリエイターが健全に制作を続けるためのコミュニティもまた重要になってゆくのだろう。
SESSION3: 新しいモーションと未知なるエモーション コミュニティからのインスピレーション
trialog本格始動となるvol.1「融解するゲーム・物語るモーション」はこうして大盛況のうちに幕を下ろした。ゲーム、アニメーション、モーションデザインと既存のジャンルを横断しながら繰り広げられた3つのセッションは、登壇者の職種や立ち位置こそ違えど、ときにテーマを重複させながらある種セッション同士が呼応するようにして進行していったのが印象的だ。
3つのセッションが終わったあとの懇親会でも、積極的に登壇者に話しかけたり活発に議論を交わしたりする姿が見受けられた。白熱した対話は、また新たな対話を生み出す。trialogもまた、次世代のクリエイティブを牽引し有意義な議論を生んでいく新たなコミュニティへと向かいつつあるようだ。
次回のtrialogは、7月28日(土)開催のvol.2「ヴィジョナリー・ミレニアルズ」。「ミレニアルズ」と「写真」をテーマにアートフォトメディア『IMA』とコラボレーションし、国内外からゲストを招聘予定だ。独自の問題意識をもち制作に取り組むミレニアル世代の写真家や、雑誌やメディアを立ち上げ新たな価値観を世界に提示するパブリッシャーとの「対話」から、視覚表現の未来について考えてゆく。