・ニグンさん主役です
・捏造設定あり
・原作矛盾あり
ハッピーエンドなニグンさんが見たくて勢いで書きました。読切です。
鬱蒼と茂る森の奥に、岩肌がむき出しになった崖がある。五メートル程の高さのその断面は何の変哲もない岩だった。
しかし《隠蔽看破》などの魔法を使えば、そこに洞窟の入り口が隠されていたのが見えただろう。
その中に明かりは当然無く、昼間であっても見通せぬほどに深い闇があった。しかしそこに棲まう者らにとっては些かの問題もない。
「鼠人が近くまで?」
「……ああ。すでに我ら生き残り、いや“死に残り”といった方がいいな。酋長の秘儀で生命強き者はこうして死を超えたが」
その中にて密やかに会話するのは異形の骨達。鮮やかな色の鳥の羽飾りや腰巻きを身につけ、簡素な槍や弓を手にする骸骨の集団であった。
闇の中に多くの赤い双眼がゆらめき弱々しくも禍々しさを感じる。
「だが、このような姿では子孫を作ることも出来ぬ。我ら部族は滅んだのだ!
ならば最期は戦士として忌まわしき鼠人を一人でも倒し、家族の待つ冥府の川を渡ろうではないか!」
手斧を掲げた骸骨がそう叫ぶと、その場の多くの骸骨から同意の声が上がる。
熱を帯びるその集団から距離をおいたところに、鳥の頭骨の杖を抱えて座る骸骨がいた。生前は祭祀を司る酋長の側仕えであった彼だが、その眼はくたびれ翳った赤だった。
「口伝される死と再生の神と同じ似姿になったのも、こうしてみると皮肉なものだな……」
そうして闇を見通す不死者は、数カ月前まで人間であった頃を思う。
この密林の広がる地には、人間がいくらかの部族を為して生活していた。
古くから変わらぬ巫政制度が基にあり、狩猟を主としていたが小規模な畑を営んでいた。
しかし慎ましいながらもおだやかなその生活は武装した集団、火と爆音を発する棒を持った獣人、鼠人の軍隊によって蹂躙される。
村が焼かれ、抵抗した男は殺され無抵抗の女子供も慈悲なく殺し尽くされた。
原始的な武装で抗しようとも、金属の固まりが飛んで来る火吹き棒には何も出来ずに倒れていった。
しかし、ある部族の酋長は己の命を捧げ部族に伝わる禁術を執り行い、死んだはずの戦士らはこうして意思持つ骸骨として生き返った。そして今、逃げ込んだ古い祭祀場で反撃の機を伺っていたのだ。
「(精霊よ、死と生を司る御者の御使いよ。どうか我等に救いを、死してなお往く彼ら戦士に祝福を)」
そうして骸骨祭司は部族の古い儀式場の名残を見やる。壁面の絵、そこには平伏する人間と杖を手にした骸骨の姿があった。
しがない下位神官である彼ですら知る大いなる再生の神、骸骨が黒いローブを纏った姿で光り輝く杖を掲げる姿の壁画だ。
「ほお、ずいぶんな数のアンデッドだ。しかし意思があるというのが解せん。特殊な魔法、いやマジックアイテムの力か?」
その突然の声、骸骨たちには聞き覚えのない声が洞窟に響き、狼狽から敵意へと変わる感情が闇を染めた。
「何モノ……ナニモノダァァッ!」
感情が昂ぶり人間の残滓が薄れたのか、亡者らしい声が手斧の骸骨から発せられる。
その視線の先には一人の人間の姿があった。
短く刈り込んだ金髪に青い瞳、皮肉げに歪んだ口元は不死者に囲われた生者らしからぬ不敵な姿だ。
機動性と隠密性を重視した黒い法衣に身を包み、彼と同じ衣服を身に包んだ人間が2人付き従っていた。
「お初にお目にかかる、大洋を隔てた同族たちよ」
その声は揺るがぬ自信、いや本人に言わせれば“信仰”の賜物と述べただろう。
その威風堂々たる歩みを阻むものはなく、その人間が進めば波が引けるように骨の群れが引いていく。
骸骨らは戦う意志はあった、しかし骨となった身体が言うことを聞かないのだ。武器を振るうどころか、気を抜けばその場に跪きたくなってしまう。
そして男の歩みが洞窟の奥で止まり、呆けた骸骨祭司の上、壁画に目線が注がれる。
「……なるほど。もしかすれば、この地にも信仰の綿毛は届いていたのかもしれぬ。偉大にして至高なる主の教えが、な」
「そ、それはどういう……?」
「まずは名乗らせてもらおう」
そう言って骸骨の集団を振り返った彼の姿に、骸骨祭司は胸中に疑念と希望が生まれたことを感じていた。
そして発せられる、人間には有り得ざる力が風となって洞窟を吹き抜いた。
「私の名はニグン、ニグン・グリッド・ルーイン」
その声は力を感じる言霊を含み、知らず縋り付きたくなるほどの慈悲を感じた。
同時刻、切り開かれた森林地帯にある小規模な砦にて二つの種族が邂逅していた。
会議室らしい広めに築かれたそこでは、真新しい樹木の芳香が香るもこの場の雰囲気を和やかにすることはできないでいた。
「サル如きが交渉?……チチチチチッ、腹が捩れそうだぞ!!交渉とは対等な力関係でこそ成立するもの。あの未開のサルどもよりかは話ができるかと思ったのだがな」
上等な軍服、士官服に身を包み鼠ひげをしごくその姿は二足歩行の鼠だった。この砦の指揮官であるその鼠人は見慣れぬサル、人間種が砦を訪ねて来たことに疑問と猜疑を抱いていた。明らかに征服したこの地の土人には相応しからざる物腰と格好、もしかすれば未知の勢力の出現かと考え、その情報を欲して砦に招き入れた。
いざとなれば部屋を囲んでいる兵士らによって容易く処理できると確信していたからだ。
「たしか、貴様らの言う神の教え?宗教といったか。それを広める許可だったな」
「はい。我々は遠き地よりたどり着きました」
そう答えたのは物腰の柔らかな人間の青年だ。金糸のような頭髪はショートボブに整えられ、柔和な目元に笑みを湛えた口元、美形と呼べるその容貌は異性を虜にする要素をおよそ持っていた。漆黒の法衣に身を包み、彼の後ろには同じ衣服の者が立っていた。
そんな人間へ、鼠人はニンマリと嗤って前歯を突き出した。
「その答えは“NO”だァ!サルごときの言葉なぞ聞くはずが無いわ!」
「そうですか、それは困りましたね」
心底から残念そうに、青年は眉間をハの字して呟いた。
「貴様らは拘束させてもらう。まだまだ尋問するべきことはあるからな」
「そうですか、それは困りましたねぇ」
先程と変わらない言葉を吐く目の前の人間に、鼠人はチゥッと舌打ちした。
「……そもそも、我らが国には偉大なる女王陛下への忠誠を礎とする教えがある!それなのに胡散臭く土臭く、クソにも劣るサルの邪教など―――」
そこから先を続けようとして、何故か言葉が出ないことに鼠人は気づく。吐く言葉が微かに漏れる呼気となり、まるで半死人の呼吸のような。
そこで気づいた。目の前の人間の片手に握られた、むしり取られた己の顎に。
「……邪教ぉォ?言うに事欠き、邪教だと?」
「……!?……!!?」
それが己の鼻から下の肉塊と気づいた時、鼠人はホルスターから小型の単発銃を引き抜き、引き金を引いた。
弾丸は目の前の人間の眉間に吸い込まれ、仰け反るような態勢で静止し、
「くおぉぉの愚ぉか者がああぁぁぁ!!」
彼が最期に見たのは、頭が回転したかのような視界だった
バネ仕掛けのように振るわれた男の平手打ちは鼠人の頬を張り、頸骨と脊椎が引きちぎられながら頭部を飛行させ、それは壁面に衝突してミンチとなる。
「信仰を解せぇぬ卑しきィ畜生のお分際でぇぁぁぁ!!我らが神、その信仰ぅをおぉぉぉ冒涜するなぞぉぉ万死億滅でも―――」
別人のような凶相に顔を歪ませた男から突如感情が抜け落ちた。そしてすぐに元の柔和な笑顔に戻る。
部下であろう2人に向き直り、
「第十三伝導師団団長補佐、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアの名において、これより“代執行”を行うことを宣言します」
「ク、クインティア団長補佐!?ルーイン団長や特別顧問への相談もなしに……」
「関係ありません。彼らはこの世で最も尊く、慈悲深く、唯一たる信仰に唾吐く異教徒です。かの教えとその存在は万物万象に勝ります。であれば」
秀麗な顔が鬼神の如く変容する。剥きだした歯の隙間から、叫びとともに唾が飛び散った。
「ここここんの、クソ喰らいの畜生どぉもをよぉォォォ!ドブネズミらしい分ってのを教えてやんだろうがァァァァ!!!!」
「退避ィ!“一人軍集団”殿が動かれるぞっ」
その声とともに、部屋が爆ぜた。いや、外から見る者がいれば、鼠人の司令官の建物そのものが爆散したことがわかっただろう。
その騒動に周囲の鼠人の兵士は驚くも、上官の指示の下に即座に戦闘陣形をとる。彼らは常備軍であった。常に修練をかかさず、量も質も一定水準を満たす職業軍人である。しかし、この場においては数が質に勝ることはない。
「あ、あれ」
「……嘘だろ」
立ち上がる煙に状況の把握は普通なら困難だったが、その中から無数の丸太のような首が這い出る。巨大な蛇が数十匹、と見えたがそれは半分間違いだ。
「グレーターヒュドラ、全てを壊しなさい。そしてこの地を清潔なものとした後、輝ける至高の御方の存在、教えを地の果てまで広めるのです」
蛇頭の一つに立つクアイエッセの柔らかな声に、混沌より出でた巨大な多頭毒蛇らが吠えた。その数五匹、四十首。
咆哮とともに飛び散った毒涎が雨のように鼠人に降り落ち、たったそれだけで正規兵たる軍は瓦解した。
あるものは毒液に生きながら溶かされ、あるものは気化した猛毒に臓腑を焼かれる。それらを免れた者も反撃出来ないまま、圧倒的質量であるヒュドラの攻撃にキロ単位の鼠肉と化していった。
強靭かつ柔軟な外皮をもつ成体のヒュドラ、しかもその上位種にとっては銃撃の雨など羽虫の羽音ほどにも解さない。
――イヤダァァァ タスケテッ 死ニタクナイ死ニタクナイ バケモノ、バケモノガァァ―――
怨嗟・絶叫・断末魔が止むのに半刻足らず、そして一刻もせずに砦は破壊され周囲は更地となった。
そこへ無表情な男が、降り立ったクアイエッセへ近づいていく。
「……派手にやったものだな」
「これはこれは師団長殿。ご機嫌麗しく?」
「麗しいはずがあるか、考えなしの狂信者め。毎度毎度、貴様の尻拭いをするのは誰だと思っている」
「狂信者だなんて!さすがはニグン、主への信仰の深さを理解してくれているのだね!」
破壊に用いたヒュドラは送還され荒野となったその場所で、歓喜の叫びを上げたクアイエッセにニグンはこめかみを抑えた。
ニグンとしてもおそらくこうなるだろうと予測した上で彼を派遣した。事前調査で鼠人という獣人たちは排他的かつ選民主義の種族であり、偉大なる教えを解すことはできないだろうと考えたためだ。
なればそのような無神論・異教の者はこの世に不要。世に遍く万物合切、等しく至高の教えに帰依すべし。それが派遣された第十三伝導師団の考えだ。
少し被害の度合いが上を行ったが。
「おーおー、派手にヤッたっすねぇ」
「ベータ特別顧問殿!?」
突如現れた赤毛のメイド、手を頭に回しニヤつきながら近づくルプスレギナ・ベータへ二人は跪く。
その姿に彼女は手をヒラヒラと振った。
「いーっすよそんなの。それよりもオイタ、しすぎじゃないクインティア君?」
「も、申し訳ございません特別顧問殿ッ!!不肖クインティア、至高なる主を称える教えに唾吐く奴らの所業に我慢ならずッこのような不細工を晒したこと、誠に誠にっ!お詫びする所存でありますッ!!」
「んー、君が頑張りすぎってのは知ってるけど信賞必罰?っていうか暴れすぎたオシオキは必要っすよね~」
「従属神からの折檻なんてご褒美じゃねえかッ(はい!矮小にして愚昧なこの身に、如何ようにも教えを刻みつけください!)」
「ベータ特別顧問。状況は次の局面へ移行しつつあります。現地勢力への応対もありますので“教育”はまた後程に」
ニグンの言葉にルプスレギナはそれもそうっすねーと、ネコのような気まぐれで先の言葉を翻す。
法衣の集団に囲まれた十数人の骸骨は、ニグンが近づけば膝を折って頭を下げた。
「い、偉大なる神の御使い、魁の精霊よ!我らが仇敵を屠っていただき感謝の言葉もありませんッ」
声を発した骸骨祭司は返答が返ってこないことに、震えながら無いはずの心臓が暴れる錯覚を覚えた。後ろの同じ体勢の骸骨らも同じだ。
あの圧倒的強者、それの仲間らしいニグンと名乗った存在もおそらくこの世のものではない。それこそ骸骨である己等が言うのも変だが、人理慮外の化物、そんな言葉が脳裏を掠める。
そんな祭司にニグンは笑顔で傍らに寄り、骸骨の肩の部分に優しく触れる。震えはカタカタと音が成る程に大きくなっていた。
「ヒッ」
「いかがした祭司殿?震えているようだが、体調でも思わしくないのかな?」
粘着的な質感を持った声音が骸骨祭司の耳朶を犯す。それは毒であった。精神を、心を縛る恐怖という毒だ。
ニグンはこの元人間の骸骨達へとある提案をした、“親しき友人になろう”と。
そして続けて“友人達を脅かす者たちを許しておけない、私達が懲らしめてあげよう”。
骸骨祭司へ、ニグンは微笑みながらそう囁いたのだ。
今も親しげに祭司へ話しかけるも、その姿に一方は恐怖しか感じていなかった。
微笑を浮かべたニグンの顔が真顔となり、そして片耳を抑えた。
「……そうか。鼠は巣穴から這い出してきたか」
呟き、ニグンは己の同志、至高の御方の教えを共にする者らを振り返る。
「各員ッ傾聴!」
その言葉にメイドを除いた者らの視線が集まる。ニグンと同じ法衣に身を包んだ者らは背筋を正し眼光を鋭くさせ、ニグンの背中を見る骸骨らは不規則な己の鼓動をなだめた。
「現在地点に向け進軍する敵集団あり。兵数は大隊規模、目視地点までは半刻で到着する。斥候の《念話》によれば、敵装備はいまさっき殲滅した異教徒の物と一致。そしてこの砦の掲旗と同じという。クインティア補佐、これらのことから考えられることは?」
「異教徒共の増援に相違ありません。ただし救援の速度を考え、異教徒共は未知の連絡手段を有していると推測されます。“未知を未知のままとする者は愚者である”。その教えに従い、奴らのもつすべてを接収、解析することを提案します。まずは適当な戦力で当たり、異教徒共の力を量るべきでしょう。ただし」
憎悪がクアイエッセの顔面を歪ませる。切開した途端に吹き出した臓物のように、狂信が裡から噴き上がった。それに呼応するかのようにその顔面は崩れ落ち、顔半分が骸骨に変ずる。
「至尊たる教義を邪教呼ばわりしたクソ異教徒共をヨおぉぉ!!一匹残らズぅ、神の所有物たるこの世界からっ、抹消しねエとならねェだろうなァアァ!!」
目を血走らせながらヒステリックに叫び捨てたクアイエッセの言葉に続き、他の黒衣の者らからも殺気が吹き出す。
それに中てられた骸骨らは次々に気絶していく。倒れない者らもうずくまって震えるしかできなかった。
「ヒッ、ヒッ」
「……まあよかろう。諸君、我々伝導師団の目的は何か?」
『唯一にして絶対、大慈悲たる教えを広め、一人でも多く難苦より救うこと!』
「然り、然りだ」
大唱和に応えたニグンは頷き、そして手を広げた。
「教えに触れえぬ哀れで、ただ喰い喰われる畜生。盲目にして痴愚たる子羊を救い、そして救わせるのが我ら伝導師団の使命である。
ならばその宣教を阻まんとする彼らは、主の慈悲を邪教と断ずる異教徒は無知なる羊か?
……否!断じて否である!!」
集団から漏れ続ける瘴気が形を為していく。漆黒の瘴気は形を描き、それは重厚な黒鎧に身を包み、禍々しき一角獣に跨った騎士の集団となる。百騎ほどの
「教えに生きるものに信仰を、それ以外は無用である。なぜならば偉大なる主への教えはただ一つで全となるからだ。
信仰は異教徒を地獄へ堕とす鉄槌となり、か弱けき同胞を守る盾となり、そして寄る辺なき命を照らす灯火に、暗路を導く光とならん!」
『光とならん!!』
「彼ら異教徒に与えるは光に非ず。其は獄底に叩き落さんがための神罰であるッ!」
叫びとともにニグンの身体から光が溢れる。その光が収まると、そこには異形の集団がいた。
王冠を被った蝿がいた。口腔から劫火を漏らす大鴉がいた。五芒星を模した身体の一つ目の怪人がいた。豹の体に殺気を漲らせた男がいた。
ニグンの頭上に在るのは七十二の堕天使。数百年に及ぶ主への信仰の果て、彼はその位階へと至ったのだ。
『最愛なりや光輝けし神よ。貴方の庭たる彼岸と此岸に、とこしえの平和と繁栄が寄り添わん』
手を合わせ跪き、ニグンを始めとした集団が清廉な声音で聖句を唱和する。それと共にクアイエッセ、そして法衣の伝導師団の姿が変質していく。
『いとも優れたる賢き守護神、数多の眷属神。神の愛を注げられたる御身らに、羨望と嫉妬を向けることを許し給え』
彼らの上げた顔には肉も皮もなく、空虚な眼窩に鬼灯のような赤が灯った。
『人理なく天理も持たぬこの身体に在るは信仰ただ一つ。千の試練と万の苦難により、それは真たる求めを試されん』
『我らの求め、それは主への祈り。賜物を欲せず、果実を欲せず、愛を欲せず。只々、一心の祈りを許し給え』
クアイエッセらを背とするニグンは、彼方に昇る土煙、敵軍によるそれを見据えて告げた。
「各員、突撃準備。主に仇なす異教徒を、ニ度と現し世に現れぬよう絶対死をくれてやれ」
召喚した
それは、第十三伝導師団に目をかけてくれた守護神の一柱から賜った、主を讃える聖句でもあった。
『
その声と共に人外の集団は音もなく、疾風の如く動き出した。上空を翔ける堕天使が魔力を迸らせ、地を駆ける不死者の群れは狂信を双眼に焚べ燃やす。
絶望を齎す瘴気を後に引き進軍するその後ろ姿を、半眼のルプスレギナが見送った。
「ほんと、人間て変わるものっすね、彼らが特別なのかしら。面倒を見るこっちの身にもなって欲しいっすよー」
そうこぼしたメイドもすぐに消失し、後に残されたのは散らばった人骨だった。
どうやら最後まで気を保てた現地骸骨はいなかったようだ。
近世までの歴史において、最も偉大なる人物をあげよと問えば間違いなく出てくる名前がある。
“至高帝”“魔導王”“死を超えた者”“万物を統べる不死”などの偉名で知られるアインズ・ウール・ゴウンである。
現在も続くその治世、その果てなき発展はとどまることを知らない。
しかしそのような国力をもってしても、統一した大陸の外の世界は未だ多くの未知があった。
そんな彼が今も続ける未知世界への開拓事業の一つに、己を教えの基とする宗教の布教があった。
簡潔に目的を述べれば教化による国土の拡張と治政の易化であろう。
その宣教の役割を担う伝導師団、十三という数字を与えられた集団は特に信仰厚く、むしろ狂信を隠さぬそのやり方に他国はもちろん味方からも怖れられた崇拝者達であった。
しかし数百年に渡り信仰のみに生きるその姿は、恐怖と同じく畏怖を込めて“地獄に在りても信仰を絶やさぬ者”と呼ばれた。
そしてその集団を率いる人物は、伝導師団において最も古い来歴を持つ者である。
この地に降臨した神、アインズ・ウール・ゴウンに最初に弓をひき、同じく最初に信仰を捧げた人物であり“殉教者”の名を与えられた元人間。
その名はニグン・グリッド・ルーイン。
これより紐解くのは彼が主の教えを知らず、もがき苦しむ迷える子羊であった時から叙述する物語である。