岸和田競輪場に住みついているのは、競輪の神様か、魔物か。「第69回高松宮記念杯競輪」(GⅠ)が17日、終わった。異様な注目を集めた決勝戦、三谷竜生(30)のGⅠ連続優勝だった。3回目のGⅠ制覇――。
打鐘の2角からの大仕掛け。脇本雄太(29)が空を駆けた。先頭にいた吉沢純平(33)の後ろは競り。吉沢の師匠・武田豊樹(44)に木暮安由(33)が関東同士で競りかけていた。中団には原田研太朗(27)ー山田英明(35)、そして菅田壱道(32)。脇本は、仕掛けた。いつもと変わらない。
3番手の村上博幸(39)ですら徐々に離れている加速。三谷はピッタリ追う。距離、脚質、展開、またそれぞれの思い、すべてが絡み合い、三谷の差しが決まった。デビューからずっとだが、三谷の戦いぶりがあり、今節の4走は“ダービー王”の看板にふさわしいものだった。差さなければ嘘だった。
三谷の胴上げのあと、脇本も近畿の仲間から祝福を受けた。これは準優勝、という結果に対してではないだろう。その走り、ワッキーが全くいつもと変わらずにラインを生かし、自分のすべてを最大限に出し切る走りをしたことに対する称賛だったと思う。
関東勢は競り。脇本があそこで仕掛けず、まくりに構えていたら、脇本の優勝の可能性がやはり高いわけだが、中団にいた3人がチャンスをつかんでいた可能性も膨れ上がる。脇本は、仕掛ける。
どうしても、今回はワッキーに勝ってほしい、そういう願いが誰にもあったと思う。私も戸惑いの表情を見せていたところ、“近畿の心”山田久徳(30)は「ワッキーは最高の走りをした」。深刻に、仲間に対する尊敬の感情をひと言で表していた。ただ、でも、けれども、じゃっどん、ワッキーは最高の上をいっているよ…。
見つめる茨城の若手の姿。愛弟子・吉沢の後ろで武田は競りを挑まれた。「競りだったので、優勝を狙うのは厳しかったね。まず番手を守り切ること」。昨年8月のいわき平オールスター準決で落車、骨盤骨折の重傷を負い、そこから3月松山のウィナーズカップで復活のV。「ケガをしてから、GⅠの決勝に上がれたのは初めてだったし、そこは良かったよね」。木暮の挑戦を受け、「いつも練習も一緒にしている弟子だからね」。武田も譲れないものがある。「勝ってからこそ言える、筋、ということもあると思う」
木暮は、刃を浴びながらの戦いに挑む。「自分が逆の立場だったら面白くないと思うし、武田さんの気持ちもわかります。でも、自分は挑戦者なんで挑んでいくしかない。武田さんに前で頑張ってもらったこともあります。その恩は忘れないで、走っていきます」。デキは良かったので、茨城の3番手から突き抜け狙い、または自力でも…。選択肢はいくつかあった、その中で最も厳しい道を選んだ。誰もが、一番選びたくない、想像もしたくない道を選んだ。賛否両論、基本的には厳しい意見の方が多いと思う。だが、この一石。余人には触れがたいものがある。
武田も木暮も、また吉沢も、茨城、群馬、関東の仲間たち、そして選手みな。もちろん、ファン、見つめている人たち。相当な、相当を過ぎる思いが揺れ動く。少し、反則的?になるのだが、ある言葉をここに載せたい。勝手ながら、この言葉を伝えてくれた人たちにはご容赦いただきたい。
「いつまでもいい人やってる必要はない。ガマンできねえ時もある。精一杯やれ。このままいい人で終わることもない。アイツは人がいいからさ」
少し前だが、ライン7人が結束して並んだレースもあった。結束の良さ、調和の必然がこのところの輪界の流れだった。しかし、世の中の物事は、とどまり続けることはない。右に傾いた時は、左に戻ろうとする。陰陽循環。ライン戦は行き着くところまで行き着いたのか。これはまた、これからの物語だ。
18日、大阪北部を中心に大きな地震がまた起きてしまった。向日町競輪場にスタンドのガラス破損など大きな被害が出ているそうだ。今は皆様の無事と、被害が最小限に収まることを祈るのみだ。