プロボクシングの比嘉大吾選手が初めて敗れた日の前夜、沖縄のファンにとってもう一つの重要なタイトル戦が大阪であった。那覇出身の37歳、翁長吾央選手と大阪・大正区で生まれた県系3世の33歳、久高寛之選手。2人のウチナーンチュが日本王座とボクサー人生を懸けて戦った
▼互いに負ければ引退。両者一歩も引かずボディーを打ち合う泥臭い接近戦の末、判定で久高選手が激闘を制した
▼デビュー16年目で初戴冠の久高選手は1年半前、リングネームを本名のヒサタカからクダカに変えた。かつて東村から大阪に渡った祖父が出自を隠すために改名した家族の姓を元来の読みに戻した。3月に103歳で亡くなった祖父に捧げる王座獲得だった
▼ジムの仲里義竜会長は大宜味村出身。「沖縄人であることを誇れる時代になった」と感慨を込める。県系人が歩んだ歴史がにじむ
▼久高選手の額やまぶたの無数の傷跡、タフな試合運びは「歴戦の勇者」そのもの。戦績は45戦26勝17敗2分け。多すぎる負け数がかえって凄味を感じさせる
▼絶えず前に出続け、パンチを受ける際はとっさの頭の動きでクリーンヒットを避ける。多くの負けを糧としてはい上がった男ならではの戦いぶりだった。1度の負けや失敗で挫折する必要はない、という若者への無言のエールのようにも思えた。(田嶋正雄)