挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
眼鏡とあまのじゃく ~真逆の君に恋するなんて、絶対あり得ない(はずだった。)〜 作者:筏田
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
98/110

理彩と木村の話「DISCO 2000(2)」

 月日は口笛のように軽やかに過ぎ、気がつくと木村少年は17歳になっていた。背丈は若竹を彷彿とさせるごとくに成長し、今や成人男性の平均などは軽く上回る。顔、スタイル、そしてファッションセンス、どれをとってもそんじょそこらの男子とは格が違う。そんな雰囲気すらまといつつあった。
 ただし、勉学の方の成績は学年中上から数えても下から数えても同じぐらい、とそこまで奮っているわけではなかった。それでも、彼の通う高校は、曲がりなりにも「地域で一番の進学校」だ。入れただけでもめっけもん、その中でも落ちこぼれなければ万々歳、といったところで、親がとやかく言わないのをいいことに、高校二年の冬になる時期になっても晋は相も変わらず遊びに大忙しだった。
 年もすっかり開けて、「来年度の受験に向けてそろそろ気合い入れないとヤバイな」という奴が同級生にもちらほらと現れつつあったその日、呑気者の晋は友達の家でギターの練習に励んでいた。高校に入った時分より、音楽を聞くだけでなく自分でも演奏してみたいと思うようになり、勢いで軽音部に入ってしまった。最初はギターのコードすら覚えられずに四苦八苦したものの、友達に呆れられつつ教えてもらううちにかなりの腕前になった。すこしでも弾けるようになると俄然面白くなるもので、先の文化祭では仲間内で作った曲をも披露した。内容はよくある「大人は分かってくれない」ソングだけど、メロディなんかは意外に良くできてたんじゃないかな、と手前味噌ながら思ったりもする。

 夕方までガッツリ練習し、ギターの入った大きなケースを背負いながら、バンド仲間と駅まで歩いた。仲間はそこから上り方面の電車に乗る予定で、晋は家までバスで帰るつもりだ。
 駅前で仲間と別れたあと、停留所のベンチでスマホをいじりながらバスを待った。
 背後からガタガタという轟音がした。電車が到着したらしい。しかし晋の待っているバスはまだ来ない。出発時間はもうすぐだ。
 どこかで遅れているのだろうか、とバスの影を探すべくふと顔を上げた。その時、向かいの舗道を歩く帰宅中とおぼしき若い女性が目に入った。
 身長はさほど高くないし、服装にも顔立ちにも華美さはない。だが遠目でも分かる澄んだ肌と、さらさらの軽やかなショートより少し長い髪が特徴で、スカートから伸びるタイツを穿いた脚は細くまっすぐだった。小柄で清楚、そんな表現がぴったりとくる雰囲気で、ゆっくり歩いているせいか、北風に吹かれ忙しなく家路を急ぐ人の中で、彼女の周りだけ違う温かい空気が流れているように見えた。でも、彼女のことを目が追ってしまうのはそれだけではない――

(もしかして、あれって……)

 理彩ちゃん、だ。自分の幼なじみの。小さい頃の憧れで、大好きだった、あの。
 四年前会ったときとはまた全然違う。しかしあの顔立ち、歩いている方面からして間違いない。大人になってすっかり垢抜けてしまった。もともと顔のつくり自体は悪くなかったんだろう。誰もが振り返るような美人、とは言わないけれど、優しげで控えめな容姿は、幅広い層に好かれる類のものだった。

 無論、それは自分とて例外ではなく――

 思わずそちらに向かって駆け出しそうになった。でもちょうどそのタイミングでバスが停留所に滑り込んできた。
 この路線は本数が少なく、乗りそびれると大変なことになる。晋は後ろ髪を引かれる思いでバスへ乗り込んだ。
 それでも、まだあの人がいないかと窓の外を探してしまう。一瞬だけ、銀行の前を背筋を伸ばして歩いている姿だけ確認できた。
 家に帰ってからもドキドキして息がずっと詰まっていた。凛とした横顔を繰り返し思い出して寝付けなかった。苦しいんだけど幸せで、これは何年も前に同じ状態に陥ったことがある。
 再び、同じ人へと恋に落ちた。

 しかも、大人のはしかと同じで、今度のは結構重症っぽい。


 ***


 次の日、昼休みの時間に晋は3軒となりのクラスであるD組を訪れた。
 ちょうど出入口付近にいた女子生徒を捕まえて尋ねる。

「北岡さん、いる? ちょっと話したいんだけど……」

 その女子は「いるよ」と答えると、早速後ろの方でたむろしていた女子のひとりに話しかけた。あんなところに居たのか。おんなじような背格好の女の子ばかりだから分からなかった。
 怪訝な顔をして北岡恵麻が振り向く。そのまままっすぐにこちらへと向かってくると、恵麻は不機嫌さを微塵も隠そうとせずにじろりと晋を睨みつけた。

「は? なに?」

 すると、教室の中が僅かにざわついた。それも無理はない。何の因果か同じ高校に入ってしまった恵麻だが、今では学年でも1、2を争う美人と名高い。振った男は数知れず、密かに想いを寄せている男はさらに掃いて捨てるほど。晋の周りでも「D組の恵麻ちゃん、可愛い。付き合いたい」などとほざく輩は絶えなかった。
 ただし、晋にとって相変わらず恵麻は幼いころに苛めてきた嫌な女というイメージしかなく、自身が泣き虫だったことも触れられたくない過去だった。小中学校も違ったし、幼なじみだという事実を誰も知らないことをいいことに、入学以来恵麻とは関わらないよう距離を置いていた。幸いなことにクラスも違えば選択授業でも被らず、お互い話しかけることもなく高校生活を過ごしてきた。
 だが、今は苦手だなんて言ってられない。晋には恵麻に聞かなければいけないことがあった。だけどこのまま教室の付近で立ち話をしているのは目立ちすぎる。「また恵麻ちゃんを誘いに来た奴がいる」とでも思われたらたまったものではない。
 晋は恵麻を「ちょっと来て」と連れ出すと、彼女を伴って階段の方へと向かった。

 ***

 と、いうわけで舞台は屋上に移る。古今東西、重要な話をすると言ったら屋上なのだ。一般的には「事故防止のため」立ち入りが制限されていることが多いし、恵麻も「なんでわざわざそんな寒いとこ」とブーたれていたが、「なんとかと煙は高いところを好む」のなんとかな晋は、実は屋上への鍵がかかってないことを知っていて、たまに出入りしていた。 
 「何の用?」とせっつかれるように背後から恵麻に尋ねられた。「いまさら自分に晋が懸想するわけない」と分かりきったような口調だった。それはまさに、その通りなんだけど。

 晋はコホンとひとつ咳をすると、微笑を浮かべて恵麻の方を振り返った。

「元気してた?」

 晋の質問に、恵麻は幼なじみの無遠慮さで答えた。

「……バカじゃないの? そんな下らないこと、いちいち聞かなくても見りゃわかるじゃん」

 相変わらずの感じの悪さだ。普段であれば愛想笑いもひきつっていたところだろうが、昨日の夕方から熱に浮かされた晋の心はそんなことでは落ち込まなかった。

「ん、まぁ、そうなんだけどさ……」

 言葉をごにょごにょと濁す。放課後まで待ちきれず恵麻を呼び出してしまったものの、どうやって、何と聞けば怪しまれずに済むのか、まだ頭の整理がついていなかった。
 晋の挙動に不審なところを感じ取ったのか、恵麻が眉間に皺を寄せながら尋ねた。

「なに」

 ああ、そういえばこいつは昔から気が長い方ではなかったな。間を持たせるべく、晋は白々しく口にした。

「ほら、みんな元気にしてるのかなぁって。お母さんとか、……お姉さんとか」
「ああ。お母さんなら普通に元気よすぎるぐらいに働いてるし。お姉ちゃんも相変わらずだよ」

 恵麻から得られた回答に、垂涎モノのキーワードが入っていて、晋は思わずにやりとした。

「そうか、相変わらず素敵なのか」

 お姉ちゃん……。昨日見た春の妖精のような姿が思い浮かぶ。妹の恵麻がこうやって言うということは、昨日のアレはたまの帰省などではなく、未だに実家で暮らしているということだろう。
 だとすれば、自分にもまたチャンスはある。駅か家のほうか……。とにかくもう一度でもいいから会ってみたい。あわよくば話をしたい。そんで連絡先聞いて暇な日にデートに誘って、何度目かに告白して、自分が大学に入ったと同時に二人で暮らして……

「だから何だっつーの」

 完全に自分の世界に入ってしまった晋に、呆れながら恵麻が口にする。晋はそれを嫌味だと感じもせずにそのまま受け応えた。

「いや、ちょっと気になってたもんだから。よかったらさ、またちょくちょく家のこと教えてもらってもいい?」
「はぁ?」
「うちの母親も、そっちの家族とあんまり会えなくて心配してるみたいだから」

 こんなのは完全に口からでまかせだ。でも最近、お互い多忙のためか「恵麻ちゃんちのお母さんと会った」という話を母親から聞かないから、おそらく会う機会は以前より減ってはいるんだろう。
 母親も「恵麻と最近仲良くしている」と言えば喜ぶはずだ。ひょうたんから駒だけれど、我ながらいい言い訳だな、と思った。

「まぁ、それぐらいなら別に構わないけど……」

 腑に落ちない様子ながら恵麻が頷く。恵麻は昔から意外に母と姉には頭が上がらないところがあるから、その周囲のことを持ちだされると弱いようだ。

 それじゃ、また、と言って恵麻と別れた。まだまだ聞いてみたいことはあったが、恵麻にあまり大きな貸しを作るのも面白くないので、今日はこれくらいに止めておくことにした。


 ***


 恋は人を変える――

 小さい頃から、同性・異性問わず友達は多かった。付き合った子の数だって人並み以上に多い。一人っ子だけれど、「女の子」というものがどういうものかなんとなく分かっていたつもりだし、自分自身がそれにハマって人生を大きく狂わされる、そんなことにはならないだろうと思っていた。
 だけどそれは、まだまだ世間を知らない子供の過剰な自信だった、と認めざるを得ない。たった一目、その姿を見ただけでここまで夢中になってしまう人に出会ってしまった。思い出しただけで、甘酸っぱい気分になる。その名前を呟いただけで、どんなメロディよりも心が弾んだ。
 前世からの運命か、はたまた単なる幼いころの刷り込みインプリンティングか―― どっちにしろ、何故あの人はこんなにも自分の心を揺さぶって止まないんだろう、と晋が疑問に感じるほどだった。
 それでも、「クールで大人」だと周囲に思われている晋は、そのパブリック・イメージを保とうと多少は努力をした。だが抑えきれない衝動は往々にして漏れてしまうもので、数週間も経たないうちにバンド仲間からは「最近切ない曲ばっかり歌うね」とツッコミを入れられた。

 そして、晋とその想い人とをつなぐ唯一で最大の窓口となるのが、理彩の妹であり幼なじみの恵麻だった。かつてはあれほど忌み嫌っていた恵麻だけれど、今となっては配膳係か道先案内人のように心強い存在だ。ただ、相変わらず気難しく減らず口で、晋が「欲しい」と思っている理彩についての情報を得るまでに、手痛いしっぺ返しを食らうことも少なくなかったけれど。でも「◯◯をおごってやる」と言えば容易に釣られるので、そこはやりやすいと言えばやりやすかった。
 放課後、恵麻がアイスやらドーナツを食べながら「勉強に全然ついていけない」「今度コストコ行きたい。でも周りに会員いない」などなど、ダラダラと愚痴るのを適当に合わせながら聞く。するとたまに「お姉ちゃんが昨日、家のベランダにハーブを植えてた」というような、おそらく言った本人にとってはどうでもいい、しかし聞いている方にしてみたら飛びつきたくなるような小ネタを挟んでくる。ただそれだけのことで、恵麻におごったドーナツ代など惜しくも無いと思えたし、帰りがけに本屋に寄って「お家ではじめよう・かんたんハーブ生活」なんて本を手にとってパラパラと中身を見てしまった。晋の理彩に対する思いは大きかったが、今はまだこんな些細な事で上がったり下がったりする自分が楽しい、そんな時期でもあった。


 ***


 折しも暦は如月になり、三年生のいなくなった学校は閑散とし、街ではインフルエンザが猛威を振るいつつあった中、晋の周りでの最大の関心事は「果たしてバレンタインデーにどれだけチョコがもらえるか」ということだった。大っぴらに女子に懇願するもの、我関せずを装うもの……態度は様々だったが、とりあえず男子たるもの皆一応は気にかけているようだった。
 晋はこれまで、彼女の居た年はその子からもらえたし、そうでない年でも仲の良い女子たちが恵んでくれたりしたもんだから、積極的に「欲しい!」と渇望することはなかった。(それどころか、知らない女の子からガチの本命チョコを送られることもあって、どう返したらいいか分からなくなるのでちょっと面倒臭い日だと思ったりもした)しかし、今年は別だ。あの人は誰かにあげる予定があるのか、どうにかして自分にももらえないか、そんなことばっかり頭に浮かんでしょうがなかった。

 バレンタインデーを目前に控えた13日、晋は確実に恵麻を捕まえるため、授業が終わるとD組の前で待ちぶせをした。
 恵麻は他の女子を伴って教室から出てきた。その子は恵麻の前に立ちはだかった晋の姿を認めると、何かを悟ったかのごとく「じゃ、私は先に帰るね」と言い残して姿をくらませた。
 恵麻が少しげんなりとしたように眉間に皺を寄せた。だが特に文句は口にせず「どっか寄って帰る?」と晋に尋ねた。
 財布がピンチだった晋は「ごめん、ちょっとムリ」と素直に答えた。恵麻も突っぱねるような大人げないことはしたくなかったのか「あ、そう」と頷くと、晋と一緒に帰ることを暗黙のうちに了承した。
 救いようのない悪ガキだった恵麻も、いつの間にか成長していたんだな、と晋は少しだけ思った。


 ***


 帰りの道すがら、恵麻は今日教室であった出来事を斜に構えた視線で語り始めた。聞いてると結構シニカルで面白いのだが、人によっては毒が強すぎるように感じるだろう。そういえば中学時代、恵麻は女子連中から仲間はずれにされた、と噂で聞いたことがある。その時は「あの性格じゃしょうがないな」と内心思っていたが、もしかしたらそれだけじゃないのかもと思った。この完璧に近いルックスで批判的なことを言っていたら、他の人はコンプレックスを刺激されやすいだろうし、それによって反感を覚える人も少なくはないのかもしれない。
 そんなことをおぼろげに考えながら相槌を打っていたら、話が明日のバレンタインデーのことに及んだ。即座に思考が切り替わる。

「恵麻は、誰かにあげるの?」
「いや。別にお返しとかもいらないし。今年はパスかな」

 はっきりと確かめたことはないが、やはり恵麻には現在付き合っている男はいないようだ。おそらく学外の男と何人か付き合ったことがあるようだが(稀に「元カレが……」という話をするので)処女かどうかは知らない。というか、恵麻が経験済みかどうかということに全くもって興味が湧かなかった。

「あ、でもおじいちゃんにはあげるよ。お姉ちゃんが作るから、それ手伝って作るんだ」
「えっ」
「お姉ちゃん、お菓子作り上手なんだ。毎年なんか作ってるから、今年もたぶんそれやるよ」

 理彩ちゃんの作っチョコ……。思い浮かべただけでカカオの匂いが漂ってきそうだ。甘いだけじゃない、もっとステキな予感がありそうな……
 矢も盾もたまらず、晋は恵麻を振り返ってその手を掴んだ。

「あのさ、恵麻」 
「え、なに?」
「そのチョコ、俺にもちょうだい」

 晋の必死の懇願に、恵麻は少し引いたように見えた。そんなことはお構いなしに晋は続ける。

「ほら、一個ももらえなかったら寂しいし。幼なじみを助ける、ってつもりで」
「……アンタがもらえないってあんの?」
「わかんないよ。保険……っつったら言葉は悪いけどさ。でも1個と0個じゃ全然違うんだよ。女の子にはわかんねーかもしんねーけど」
「……」
「頼むよ。それに、恵麻みたいにモテる子からだと、やっぱ格が違うんだよ。他のやつからも『おー、すげー』ってなるからさ」

 ……と、おべんちゃらを付け加えるのも忘れなかった。恵麻が「分かった。でも作らないかもしれないよ」としぶしぶ頷いたので、晋はその手を離した。
 その間にも、何人もの同じ学校の生徒が二人の脇を通り過ぎた。
 その中に、眼鏡の黒リュックのもさもさ頭の男と、ぺったりした髪のオタクっぽい小男、さらに女子にしては大柄の品行よさげな生徒、そんな一団がいた事を一応付しておく。



 ***


 バレンタインデー当日、晋は登校するなり教室にやってきた恵麻から「これ、昨日言ってたやつ」と小さな白い紙袋を押し付けられた。
 どうやら理彩ちゃんは今年も手作りチョコレートを制作したらしい。大好きな理沙ちゃんによる愛の結晶。そのひとつが自分にも回ってきた。その日は朝からずっとニヤニヤしっぱなしだった。

 昼休み、いつものように友達と教室で昼食をとっていると、この理系クラスにいる数少ない女子生徒が荷物片手に晋たちのグループに近寄ってきた。
 「これ、どうぞ」との言葉とともに小さな包が男子に配られる。そのひとつが晋に手渡されたとき、その女子がふと晋に向かって口を開いた。

「あさ、北岡さんからチョコもらってたよね」
「え……、ああ……」
「もしかして、北岡さんと付き合ってるの?」

 ――北岡さん……っつっても恵麻のことじゃなくて、理彩ちゃんと付き合えればいいのにな。理彩ちゃんも俺も長女と長男だけど、もし結婚したらどっちの苗字を名乗ろうか。べつにうちは跡取りが必要になるような家じゃないし、俺が北岡姓になってもいいな。結婚式、きっと理彩ちゃん側の出席者はびっくりするだろうな。「旦那さん、若いですね」って。あ、ドラマとかだとよく披露宴で「余興」ってやってるけど、あれってお嫁さんお婿さん本人がやってもいいのかな。俺も歌とか歌いたいな。できればオリジナルソングで。どうかなぁ。みんなを感動させられるようなラブソング、その時までに書けるかな。書けたらいいな。そしたら理彩ちゃん、俺のこともっと好きになるぞ。「晋くんのうた、
泣けるね」って――

 晋は、想像力が豊かなだけでなく、若干ナルシスト気味でもあった。

 幸せそうにはにかむ(実際は、妄想してやに下がってるだけだが)晋に、クラスメイトたちはいろいろ察したように顔を見合わせた。
 気を取り直したときには何を質問されたのかすっかり頭から抜け落ちていて、女子生徒より「それ、義理だけどいちおうお返しは期待してるから」と少しがっかりとした顔で言付けられ、それに対して適当な了承の返事をすることしかできなかった。

 後にこの時の彼の行動は、「アンタのせいであの時あいつに誤解された」と幼なじみ恵麻よりぐちぐちと叱責されることになるのだが、それはまだまだ遠い未来のことだ。


 ***


 で、そんなことがあったバレンタインデーのあとあたり、2月の中旬から一つ上の学年の卒業式、そして在校生の終業式が行われる頃に掛けて、「大物カップルが誕生した」という噂は徐々に、だが確実に学校内で浸透していった。
 晋は「なんで俺と恵麻が『恋人同士』みたいな空気になってるんだろう」と少し疑問に思ったが、まぁ一緒に帰ったりしてるしそう捉えられても仕方がないかな、と大らかに構えていた。
 このことは、理彩に恋をしていることをまだ誰にも打ち明けていない晋には都合がよかった。本当は「理彩についての情報を得るために、恵麻に付きまとっている」というのが事実なのだが、それを説明するためには恵麻と自分が幼なじみであることが前置きとして必要だ。それは、泣き虫でいじめられっ子だった嫌な過去とつながることだ。今はだいぶちやほやされる立場にはいるが、その頃の自分を「昔のこと」と笑って流せるほど成長しきっているわけではなかった。幼児時代の黒歴史を隠しておきたい、それぐらいの見栄は張りたかった。それと、まだ理彩の心が全くわからないから、ここまで入れあげてるのにフラれでもしたらカッコ悪い。だったら、「木村も結局北岡恵麻みたいなわかりやすいタイプが好みなんだな」と影で言われている方がマシだ、そんな心理が働いていた。
 だが嘘をつくのはさすがに気が引けるので、「恵麻ちゃんが彼女なんだよね?」とストレートに尋ねてくる者には「いや〜……」と微妙な返答をすることにしていた。恵麻の方はどう対応していたのかは知らない。あいつは言動がキツくて態度もつっけんどんだから、もしかして単刀直入に訊いてくる者がいなかったのかもしれない。とにかく、晋は「恵麻のことを大っぴらに呼び出すことができてラッキー☆」と、それぐらいの軽いノリでいた。

 年度が明けて高校3年生に進級した晋と恵麻は隣同士のクラスになった。コツコツと集めた理彩に関する情報は、かなり膨大なものとなってきた。
 そのうち、晋にとって重要なものは以下のとおりだった。

 ・理彩は短大を卒業後、現在県内の企業で派遣社員として事務職に就いている。
 ・母親が多忙のため、家事のほとんどを恵麻と折半している。料理が得意で、中でもコロッケとだし巻き卵が絶品だという。
 ・今のところ、恋人はおそらくいない。休日は家にいることが多く、仕事後もまっすぐに帰ってくるので。ただ、以前は食事に誘われたり、一緒に出かけたりしていた男性がいたようだ。
 ・好みのタイプの男性は「不明」。親戚の結婚式に出席した際、同じ参列者であり実業家の男性を紹介されそうになったが、結局それも断ってしまったそうだ。

 ここまでのリサーチ結果を総合し、「理彩ちゃんは自分と付き合うしかない」と晋は考えるに至った。多少おめでたい思考回路ではあるが、なんせ晋には外見という武器があった。狙った女の子のことは必ず落としてきたし、多少年が下であるというハンデがあったとしても、十分戦えるものだと確信していた。あとはお近づきになるタイミングを図るのみだ。

 チャンスは思いもかけない方面からやってきた。晋が「不要なものは親の了承を得てネットオークションで売りさばいている」という話を、一緒に帰宅の途についていた恵麻にしたところ、「あたしも売ってほしい服とかがたくさんある」と彼女が言ったのだ。
 正直晋は「面倒くさいな」と思ったが、なんせ平素から大変お世話になっている恵麻の申し出だ。機嫌を損ねられたらまずい、と晋はそれらを代理で出品することを了承した。

「じゃ、今日これからうちに寄ってってよ」
「え」
「善は急げっていうじゃん。それともなんか、他に用事でもあった?」

 晋はぶんぶんと首を振って否定した。久々に訪れる恵麻たちの家……。もしかしたらあの人にも会えるかもしれない。
 時間が早いからたぶん無理だろうけど、とは分かっている。そうだとしても、万に一つの期待に胸が踊った。


 ***


 恵麻の持ち物は、高校生にしては高価なものが多かった。着道楽な母親の影響か、服もバッグもファッション誌でよく見かけるブランドのものばかりだ。恵麻はこれらを「こっそりバイトとかしたり、祖父母にねだって買ってもらった」そうだ。お陰で貯金などはまったくない、と。晋も被服には興味のあるほうだったが、気にいったものを長く着るタイプだったので、いい服を大量に持っているというのが理解出来ないながらも少し羨ましくあった。また、「こんな女を嫁にもったら旦那さんは大変だろうな」と勝手に想像したりもした。
 売った代金は5:5で分けることにして、(「やってもらってるんだし、これぐらい手数料として持ってってもいい」とは恵麻の弁。「でもなるべく高く売ってね」と付け加えるあたりはしっかりしている)ブーツなどの大物は晋の家に持って帰らずこの場で出品してしまうことにした。
 リビングでスマホを駆使しつつ、商品の撮影などを繰り広げる。意外に時間のかかる作業だが、写真の出来次第で落札価格にも大きく影響が出るから真剣だ。恵麻とああでもないこうでもない、とやりあっていると、玄関の方からガチャガチャという金属音がした。
 二人がその場を取り繕う間もなく、リビングのドアが開けられる。

「恵麻ちゃん、誰かお客さん?」
「あっ……」
 

clap.jpg

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。