2010.11.07豊島区地域部大会
皆さん、今晩は!8年前に私の経営する聖和建設の事務所のある約40店舗の「南池袋サンロ
ード商店街」の理事に就き、5年前に副会長になりました。その1年後、今度は会長にとの話
がありました。「自分は公明党の支持者で、商店街にポスターを貼らせてもらうけどいい?」
と言ったら、依頼に来た事務局長は「いいですよ」との返事。更に「聖教新聞もとってもらう
かもしれないよ」と聞いたら「それもいいですよ」とのこと。そこまで言われれば、断る理由
もないので、会長に就任しました。その代わり応援出来ることは何でもしようと思い、折しも
当時、区の商店連合会の「地域振興券」の話があり、どこかの商店街から区長に「要望書」を
出す必要があると聞き、それではと、うちの商店街の名前で高野区長に申し入れ、区商連の足
立会長をはじめ周りの商店会長からも感謝されました。実現した「振興券」は好評で、一時間
で完売となりました。その後豊島区安全安心街づくりの一環として商店街に防犯カメラ22基
設置し区より3分の2以上の助成金を出して頂き、豊島区として防犯モデル地域に指定されま
した。すると昨年になって、「サンシャインの盆踊り大会」の実行委員長をしてもらえないか
?と地元の町会長数人からお願いがありました。話を聞いてみると、サンシャインビルが出来
た時に始まり、今年で33年を数える盆踊りで、22町会6商店会が参加する大変に規模の大
きな行事でした。長橋都議が「商店会長になって日が浅いのに、よく話がきましたね」と驚い
た程です。というのも、実行委員長は各企業から協賛金を頂いてくる大変負担の大きい役割で
、なかなか引き受け手もなく持ちまわり制だからです。サンシャインは学会にとって、忘れえ
ぬ原点の地です。「よし、やらせてもらおう」と思い、引き受けました。そして今までの人脈
を生かし、ヤマダ電機本社や豊島中央郵便局、旭化成ホームズなど二十数社から新規に協賛し
ていただくことが出来ました。中には今まで協力してもらえず困っていたところもあり、実行
委員のメンバーが大変に喜んでくれました。当日は踊りの最後に、実行委員長の挨拶があり、
学会有縁の地で開催しているのに何か話さないと申し訳ないと思い、当時はリーマンショック
の世界的不況もあり、商店街が元気であって欲しいとの願いから御書の一節を引用し「冬は必
ず春となる」と話しました。皆さんが、抵抗無く「そうだ」と、うなづいておられたのが印象
的でした。今年も、このサンシャインの盆踊り大会は8月五、六、七日と行なわれ、その模様
がNHKの「おはよう日本」で全国放映され話題となりました。また今年になって、事務所の
前を通る池袋から護国寺までの幹線道路の名前が正式に呼称されてないことから、商店会とし
て要望書で陳情し「日出通り」と区議会で決定されました。命名の式典には高野区長始め周辺
の町会長や商店会長などにも出席していただきました。当日は「富士学生交響楽団」を招いて
演奏をお願いし、大成功大感動の式典となりました早速、池田先生に、東京拘置所の地に、し
かも八十周年の佳き年に命名されたことを御報告しましたところ、すぐ翌日、本部より「先生
が、じかに報告書をお読みくださり、『おめでとう』とのご伝言を頂きました」との連絡があ
りました。感激してそのことを地元の島崎町会長に話した所、「名誉会長はそんな小さなこと
まで知って下さるんですか?」と驚いておりました。実は島崎町会長は,地元の婦人部の「平和
大使」の対象者で、贈呈される「潮」の長年の愛読者です。池田先生の記事を熱心に読んでい
ますが、元は大蔵省キャリアで課長をされた方です。そのため、それまで宗教色や政党色を避
けていましたが、若い人がボランテアで支援している姿に接し、その人達が創価学会の青年部
と知るに及んで「感動しました」と語っておりました。聞いてみると、町会ではなかなか人手
がいないと悩んでいたそうです。そこで、今年の町会の祭りでも、わが社の若手社員十五名と
、「聖和さんが出るなら」と隣の会社からも若手社員が出て大変賑やかに御輿を担ぎ、大いに
感謝されました。島崎会長に限らず、縁あるごとに地域でのこうした応援を重ね、この三、四
年で二十名近くの町会長、商店会長と親しい間柄になっています。
私の原点は昭和六一年一月二七日、後に「豊島婦人部の日」となる日です。当時、牧口先生の
住まわれたお宅がある、今の牧口支部の支部長でした。33歳で任命され、いつの日か目白会
館に先生をお迎えしたいとの想いで十年、弘教拡大で豊島区トップの成果で戦っていた時に、
ついに、その夢が実現したのです。先生のご病気が回復して最初の会館訪問で、ほんの少人数
しか中に入らない為、会館の外でしたがお迎えさせていただきました。先生は来館されるや、
「ここの御本尊様にお題目をあげに来たんだよ」と云われ、唱題してくださいました。そして
、なんとその日、帰り際に先生は、「支部長に宜しく」とのご伝言を私にくださったのです。
この日から、3ヶ月後の4月に念願だった会社を設立しました。そして多くの方のご支援で、
今年で創業二五周年を迎えることができました。この間、幾多の試練や苦境を乗り越えること
が出来ましたのも、全て先生、学会、そして同志の皆さんのお陰と感謝しております。今年に
なって、願っていた自社ビルを豊島区の新庁舎の建設予定地の真正面の位置に構えることが出
来ました。百年に一度と云われる、世界的不況の最中、取引会社にも恵まれ、経営を安定させ
ていただけていることに、身の福運をしみじみと感じております。今年の法戦では一番大きな
取引先が公明党を全力で支援したため、おかげ様でいつも以上に遠慮なく戦うことができ、千
を超える支持を上積みすることが出来ました。これからも、三代会長有縁の池袋の地で、大恩
ある先生・奥様に更にお応えできる様に、そして永年お世話になった地域の皆さんに益々お役
に立てるように、地域部の一員として、本日より私自身が更なる地域発展を祈り、前進してい
くことを誓い、活動報告と致します。ありがとうございました。
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