2月に開催された平昌冬季五輪を見ながら気づいたことの一つに、人が国境を越えて移動するのが当たり前になった現代において、五輪は、国籍と民族性が必ずしも一致しないものになりつつあるということがある。
たとえばフィギュアスケートのアメリカ選手団には、日系アメリカ人のマイアとアレックスのシブタニ兄妹や、中国系アメリカ人のネイサン・チェンといったアジア系の選手が目立っていた。
五輪というとかつては国威発揚の場として受け止められていたが、今は創造的なアスリート個人のお披露目の場と化している。ソーシャルメディア時代の今日、人びとの関心がよりパーソナルで親密なものに移ったことも影響しているのかもしれない。関心の対象はあくまでもアスリート個人なのである。
そのように五輪が様変わりする中、逆に珍しく政治的なコンテキストを与えられたアスリートもいた。
その一人がクロエ・キムであり、異なるコンテキストとは、現代アメリカにおける移民の意義についてであった。
17歳のスノーボーダーであるクロエ・キムは、スノーボード女子ハーフパイプの決勝で素晴らしい飛翔演技を見せ、見事、金メダルを獲得した。開催地が韓国であったことを含めて、韓国系アメリカ人の二世である彼女の快挙は、広く報道された。もちろん母国アメリカも、金メダル獲得の報を受け喜びに沸いた。
中でも「現代のアメリカン・ドリームの実現」として連邦議会で熱い賛辞を送ったのがリチャード・ダービン上院議員だった。
彼の賞賛の中ではクロエだけでなく、1982年にロサンゼルスに降り立った彼女の父の「移民物語」にも触れられていた。
数百ドルしか持たずにアメリカにやってきた彼女の父は、生活のために厳しい条件の仕事から始めながらも、最終的にエンジニアリングの学位を得て仕事についた。その勤勉さが背後にあったからこそ、次代のクロエの成功につながり、それは同時にアメリカ人の誇りでもある、という話だ。
ダービン議員がこのキム家のアメリカン・ドリームを語った背景には、彼が「ドリーム(DREAM: Development, Relief, and Education for Alien Minors)法」という、判断能力を持たない子どもの頃に親に連れられ不法入国した者にもアメリカの永住権を得る機会を与える法案を、2001年から粘り強く提唱してきた人物だからでもある。
トランプ大統領の選挙公約の一つに不法移民の強制送還があったため、トランプ政権の誕生以後、移民問題はアメリカ世論を二分し、ダービン議員はドリーム法の成立に奔走してきた。
彼の目には、クロエ・キムの勝利は、彼女一人の成功譚にとどまらず、アメリカにおける移民の価値や意義を振り返るための、格好のきっかけになると映ったのだろう。
白人でも黒人でもヒスパニックでもないアジア系のクロエ・キムの家族の物語は、太平洋を渡ってやってきた移民という意味で、従来とは異なる視座を与える。
移民の国アメリカにおいても、「人が容易に国境を移動する時代」の移民とは何か、という問いが突きつけられている。
と同時に、このような移民にまつわる議論は、即座に「アメリカとは何か」「アメリカ人とはどのような人びとなのか」という問いを引き起こす。