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経営不在で2度の大規模障害

 「勘定系システムの一本化は、みずほの悲願だ」と米井常務は語る。

 みずほ銀行は2002年4月の発足直後と2011年3月の東日本大震災直後にATM障害や二重引き落としなどの大規模システム障害を引き起こした。

 2002年4月の障害は経営統合に伴う勘定系システムの統合プロジェクトを乗り越えられなかった結果として起きた。旧第一勧業銀行と旧富士銀行、旧日本興業銀行の3行が合併し、みずほ銀行が営業開始した日の朝からシステム障害が発生。オンラインサービスが動かず、経営陣によるテープカットの華やかな雰囲気は一瞬で消えた。

 それから9年後、2011年3月の大規模システム障害は東日本大震災の義援金の振り込みがきっかけだった。テレビ局が設けた振込口座に、システム上の設定を超える件数の振り込みが集中。預金元帳に対する夜間バッチの記帳処理が異常終了した。エラーの対処にも問題があり、バッチ処理全体を時間内に終えられなくなった。その結果、翌朝のオンラインにも影響し、大規模障害へとつながっていった。

 2度の大規模なシステム障害に共通する原因が、勘定系システムの老朽化だった。BKの勘定系システムSTEPSが稼働開始したのは1988年。それから2011年のシステム障害まで、20年以上にわたって機能を追加し続けてきたため、ブラックボックス化が進んだ。システムの全体像を把握しきれないまま運用していたわけだ。

 1度目の大規模障害で「2度目」の失敗を恐れるあまり、勘定系の刷新に踏み切れず先送りした状況のなかで2度目の障害が発生。システム要員一人ひとりは使命感を持って対処したものの、細部まで熟知する要員が不足していたこともあって事態の大きさを見誤り、結果的に被害が拡大した。

 システム刷新の先送りと要員の問題は、突き詰めると経営陣によるITの軽視と理解不足に行き着く。経営陣が率先してシステムに対する理解を深めていなかったのが真因だった。

開発工数は20万人月に迫る

 2度のトラブルを教訓に、みずほ銀行は経営主導で勘定系システムの全面刷新と完全統合を決めた。BKとCB、TBがそれぞれ運用してきた勘定系システムを、新たに構築する新システムに合流させる。それが今回のプロジェクトである。併存させてきたBKとCB、TBの勘定系を捨て、全く新しいシステムに一本化して、30年以上使い続けてきたシステムの老朽化問題との決別を狙う。

 3つのシステムの機能を満たす巨大システムを一から作り直すという前代未聞の取り組みだけに開発は難航した。当初、2016年3月末の開発完了を見込んでいたが、2度にわたって延期を余儀なくされ、ようやく切り替え開始にこぎ着けた。開発にかかる投資額は4000億円台半ばと、三菱東京UFJ銀行のシステム統合「Day2」の約2倍に膨らんだ。開発工数は推定で20万人月に迫る。金額を含め、文句なしの世界最大規模だろう。

図 大手銀行におけるシステム統合プロジェクトの比較
開発規模は世界最大だ
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切り替えにトラブルは付き物

 システムは完成しているものの、ここからが山場だ。過去のメガバンクのシステム統合プロジェクトを振り返っても、移行の過程では軽微なミスなどによるシステム障害が生じている。

 切り替えにトラブルは付き物だけに、みずほ銀行は「3度目は絶対に許されない」という思いで慎重に臨む。移行計画からもその姿勢が透けて見える。例えば切り替えに約1年をかける点。三菱東京UFJ銀行の勘定系統合は切り替え期間が約8カ月だった。みずほ銀行は約1.5倍の期間を見込む。

 みずほ銀行は新システムを「MINORI(実り)」と名付けた。みずほFGの企業理念「顧客や経済・社会に豊かな実りを提供する」との思いに加え、念願のシステム全面刷新・完全統合を実現したいというM(みずほ)のINORI(祈り)を込めている。

 3度目の大規模障害を避けられるのかは、切り替え作業の最終日まで分からない。分かっているのは、万が一にも3度目が起こると、企業の決済や消費者の生活にまで影響が及ぶことだ。統合完了はさらに長引き、切り替えによるATM停止が増え、金融庁などの金融機関に対するシステム関連の検査が一段と厳しくなり、日本中の金融機関にも向かい風が吹く。

図 みずほ銀行のシステム移行の進め方
1年かけて全店舗を新システムにつなぎ替え(写真:加藤 康)
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