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モンスターがあふれる世界になったので、好きに生きたいと思います 作者:よっしゃあっ!
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86/86

86.全てを懸けて―――

遅れて申し訳ありません

「ふぅー……」

 呼吸を整え、武器を構え、ダーク・ウルフとにらみ合う。
 先に動いたのは向こうだった。

「ウォォォオオオオオオオオオンッ!」

 高らかな鳴き声と共に、ヤツの足元、そして周辺の影から何十もの黒い手が現れる。
 それらが一斉に伸び、俺の方へ向かってくる。

 ―――見える。

 攻撃の軌道がハッキリと見えた。
 『索敵』か、『観察』か、それとも『五感強化』か。
 これも『職業強化』の恩恵なのだろう。
 職業選択した際に習得したスキルの効果が増大している。
 確か、俺が職業選択によって獲得したスキルは全部で十七。
 『忍術』、『投擲』、『五感強化』、『無臭』、『無音動作』、『隠蔽』、『暗視』、『急所突き』、『気配遮断』、『鑑定妨害』、『索敵』、『望遠』、『敏捷強化』、『器用強化』、『観察』、『聞き耳』、『操影』。
 その全てが、今までとは比べ物にならない程強化されているのを感じる。
 五感は研ぎ澄まされ、移動の際には衣擦れの音一つしない。
 だが、

「っ……」

 ズキンと、激痛が走る。
 ただ敵の攻撃を避けているだけなのに、体が悲鳴を上げていた。
 さっきの無茶な特攻のツケだろう。

HP:20/180

 さっきよりもHPが減っている。
 こんなにHPが減ったはハイ・オーク以来だ。
 ―――て、まだ昨日の事じゃねーか、こんちくしょう。

 なんで昨日の今日で、こんなに死にかけてるんだろう?
 ステータスには無いけど、俺の運って実はかなり低いんじゃなかろうか?
 だが、弱音を吐いてる余裕なんてない。
 足が動かないなら、別の物で動かせばいい。

「『操影』!」

 俺は自身の『影』を操作し、傷を負った箇所に纏わせ、強制的に動かした。
 自分自身を使ったマリオネットだ。動きの鈍さはこれでカバーする。
 ただ痛みは変わらないし、止血も気休め程度だ。いや、むしろ悪化するだろう。
 だが、スキルが強化されてる影響か、動きのキレ自体は、むしろ傷を負う前よりも増している。これならいけそうだ。

「アカ、ちょっと雑に扱うが、許してくれよ!」
「……(ふるふる)!」

 りょうかい!と擬態したアカが頷くように震えた。
 右手にアカ、左手にオークの包丁(上物)を手に、前に躍り出る。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 ダーク・ウルフまではおよそ六メートル。
 まだだ。もっと近づかないと。
 ほんの少しの距離が、随分遠く感じる。

「ウォォォオオオンッ!」

 黒い手が変化し、巨大な爪や咢に変わる。
 迫りくる爪を強引に払い、アイテムボックスの壁で咢を防ぐ。
 だが全部避けきるのは無理だ。
 致命傷になる攻撃『だけ』を避ける。
 『危機感知』があれば難しい事じゃない。

 ただ痛いし、怖い。 HPが削れる。
 多分、あと一撃。まともな攻撃を喰らったら、死ぬだろう。
 その前に決着を着け、モモを助け出す。

 距離は詰まった。
 ダーク・ウルフは動かない。
 ただじっと俺を見つめている。
 それはまるで挑戦者を迎え入れる王者の如き風貌だ。

 舐めやがって、とも一瞬思ったが、それはそれで構わない。
 相手が油断しているなら、それに越したことはないのだから。

 俺はアイテムボックスから『ソレ』を取り出す。
 MPの残りは3。
 発動できる忍術は、一種類一回のみ。
 これから行う作戦は、ある意味賭けだ。
 でも、これ以外にアイツに勝つ方法は思いつかない。

「くらえ!」

 安全栓を抜き、ホースを構え、発射する。

「ッ!?」

 ダーク・ウルフの眼が見開かれ、そしてそれが一瞬の内にホワイトアウトする。
 使ったのは『消火器』だ。
 たとえ『煙遁の術』が使えなくても、これを使えば範囲は狭いが同じような効果を代用できる。
 もうもうと白い煙が立ち込め、俺とダーク・ウルフの姿を隠す。
 とはいえモモを上回る嗅覚を持つダーク・ウルフ相手にこの程度の目くらましなど、何の意味も無い事は重々承知だ。

 いや、だからこそ意味がある。

 ここからだ。
 俺はアイテムボックスから『ソレ』を取り出し、『忍術』を発動させる。
 たとえ視界が封じられていようとも、スキルによって、ダーク・ウルフの位置は確認できる。
 接近は一瞬。
 白煙を切り裂くような太刀筋が、ダーク・ウルフへ向けて放たれる。

「ガァァァアアアアアアッ!」

 だが刃が奴の身体に届く寸前に、奴の全身から闇が噴射される。
 それは細く鋭い棘の様に変化し、ハリネズミのようにヤツの体を守る。
 そして、『ソレ』を串刺しにした瞬間、奴の表情が変わった。

「ッ!?」

 当たり前だ。
 なにせ、奴が串刺しにしたのは人形―――マネキンだ。
 先程、俺が自分自身を操ったのと同じ要領で『操影』を使い、人形に武器を持たせ操っていただけだ。

 騙されてくれると思ったよ。
 なにせ、ソイツが着ている服や武器には、俺の『匂い』がたっぷりとついているからな。
 視界が封じられているならば、お前は嗅覚に頼るしかない。
 いや、なまじ嗅覚が良すぎるからこそ、こんな古典的な手が通用するんだ。

 レッサー・ウルフやシャドウ・ウルフも含め、コイツらは『嗅覚』に絶対の自信を持っている節があった。
 今まで散々苦しめられ、『観察』してきた俺が言うんだから間違いない。
 だから、それを利用させてもらった。
 そして出来た一瞬の隙。地面から伸びた刃が、ダーク・ウルフの腹に突き刺さった。

「ガァ……ア?」

 ―――『土遁の術』。
 地面を泳ぐように移動できる忍術だ。
 移動距離はほんの数メートルだし、直線的にしか移動できないなど、使いどころの難しい忍術だが、今、この瞬間においては、最大の効果を発揮してくれた。
 ダーク・ウルフが最も油断しているであろう『足元』からの奇襲攻撃。

「正直、分の悪すぎる賭けだったけどな。お前の闇が地面の内側まで作用していたら、その時点で詰みだった」

 なにより、闇を下から攻撃した場合、俺は取り込まれるのかどうか。
 それが一番の不確定要素だった。
 もし失敗すれば、最悪腕一本を持って行かれるだろうと覚悟はしていた。
 憶測だらけ、穴だらけ、運任せの作戦だ。
 でも、

「……そこまでしないと、お前には届かなかった」

「ッ……」

 そこに、縋るしかなかった。
 触れれば取り込まれる。銃弾すら自動で防がれる。広域を覆う結界。近中遠距離全てに対応できる攻撃手段。正直言ってデタラメにも程がある。
 でも、俺は賭けに勝った。
 アイツの『闇』は地面に張り付いているだけだった。
 そして、その出入り口は表面部分のみ。
 裏側から触れた場合、その物体は弾かれるみたいだが、『影』を纏った状態なら、通り抜ける事が出来たのだ。下位互換の能力とはいえ、親和性は高いのだろう。

「終わりだ……!」

 腹に深々と刺さった包丁に力を込める。
 ダーク・ウルフの腹に突き刺さった一撃には十分な手ごたえがあった。
 これで決める。
 いや、決めなければ、こちらがやられる。

「グル……ァァァアアアアアアアッ!」

 だが、ダーク・ウルフも必死の抵抗とばかりに、闇を俺の身体に絡みつかせる。
 ミシミシと万力のような力で締め付けられ、体が悲鳴を上げる。
 更に体が少しずつ闇に沈んでゆく。

「ぐっ……」

 全身に激痛が走り、体が上手く動かせない。
 視界がブレ、意識が朦朧とする。
 駄目だ、踏ん張れ。
 なんの為にここまで頑張った?

「モ、モ……」

 そうだ、モモを助けるためだ。
 包丁に擬態したアカが震える。

 ―――ガンバッテ、と。

 そうだ、俺が今ここで死ねば、アカも死ぬ、イチノセさんも死ぬ。
 モモも、奪われる。
 皆の命を背負って、俺はここに居る。

「―――ぉぉ、おおおおおおおおおおおおおっ!」

 雄叫びを上げ、最後の力を振り絞り包丁を振るう。
 ダーク・ウルフの眼が驚愕に染まる。
 何処にそんな力が残っている?そんな風に思っているのかもしれない。
 闇がより深く、俺の身体を締め付ける。
 だが、それよりも早く、ほんの一瞬だけ早く―――、

「これで終わりだあああああああああああ!」

 渾身の一撃が、ダーク・ウルフの身体を切り裂いた。
 その瞬間、どろりと形を失い、奴の身体が闇に沈んでゆく。
 それと同時に、俺を締め付けていた闇も消えた。

「ハァッ……ハァッ……!」

 ずるりと、手から包丁が落ちる。
 その瞬間、擬態が解け、アカが本来のスライムの姿になる。
 足元にすり寄り、どことなく俺を心配している様な雰囲気を漂わせる。

「~~~(ふるふる)!」

「はは、大丈夫……だよ……アカ」

 曖昧な笑みを浮かべながら、俺は自分のステータスを確認する。

HP:3/180

 ヤバい。
 完全に死にかけてる。
 HP自動回復があるから、しばらくすればある程度は戻るかもしれないけど、それにしたって本当にギリギリだ。
 『操影』を使っていなければ、指一本動かせない。

「でも、これで……」

 視界の先。
 そこには、未だ気絶したまま倒れたモモの姿がある。
 必死に足を動かし、モモの下へ向かう。

「モモ……」

 苦痛で今にも倒れそうな思考の中、ぼんやりとモモをモフモフする姿を思い浮かべる。
 モモを撫でていると、本当に幸せな気分になるんだよなぁ……。
 温かくて、気持ちよくて、寒い時に一緒に寝ればぬくぬくと安眠できる。
 はは、こんな時に、何考えてるんだ、俺は……。

「あれ……?」

 ふと、そこで俺はある違和感に気付いた。
 ダーク・ウルフは倒した。

 なのに、どうして経験値獲得のアナウンスが流れない?

 どうして、魔石が見当たらない?

 どうして―――モモの足元の『闇』は消えていない?

「……」

 嫌な汗が頬を伝う。
 悪寒が、背筋を伝わり、脳が警鐘を鳴らす。
 まさか、まさか、まさか―――。

 次の瞬間、モモの足元の闇が広がった。
 その中から、再び無傷のダーク・ウルフが姿を現す。

「……嘘、だろ?」

 先程、俺が浴びせた傷がどこにもない。

「―――」

 立ちつくし、ダーク・ウルフを見つめる。
 ……ああ、そうか。やっと分かった。
 俺は唐突に理解した。コイツの本質を。
 最初にコイツに抱いたあの印象は間違っていなかった。

 コイツは―――『闇』そのものなのだ。

 おそらくコイツの本体は、あの闇の中にある。
 そして今まで俺が戦っていたのは、それが作り出した『分身体』だったのだ。

 ある意味では、俺の分身の術と似た様な物。
 なんという意趣返しなのか。
 ダーク・ウルフが取った戦法は、俺が最初にヤツを退けた戦法と似通っていた。

「……ちくしょう」

 全力をだし、命を賭け、それでもまだ―――届かなかった。

「モモ、みんな……ごめん……」

 それでも、なんとか一歩でも前に踏み出そうとする。

 ―――そこで俺の意識は、完全に途絶えた。




 しんと、静まりかえる世界。
 その中心でダーク・ウルフ―――シュヴァルツは目の前で倒れる人間を見つめていた。

『―――見事ダ』

 本心から、彼は称賛を送る。
 進化したばかりであるこの身を十全に使いこなせなかったとはいえ、それでも間違いなく余裕で勝てる戦いだったはずだ。

『見事ナ戦イダッタ』

 賭けの要素が強く、運を天に任せるが如きわずかな可能性。
 それをこの人間は掴み取り、自分に確かな一撃を与えた。
 もし、自分の本体である『核』を闇の中に置いていなければ、やられていたのは間違いなく自分だろう。

 そもそも、この戦いは彼にとって番いを取り戻し、かつ二度に渡って同じ人間に敗れた己の誇りも取り戻すための戦いでもあった。
 にも拘らず、この人間は再び己に傷を与えた。
 称賛を送るほかない。

『終ワリニシヨウ』

 一歩、彼は前に出る。
 止めを刺す。
 それが勝者の務め。
 せめて苦痛なき一撃を与え、即死させるとしよう。

『……ム?』

 そんな彼の前に、一匹のスライムが立ちはだかる。
 余りにも弱々しく、小さなその体を懸命に震わせている。
 一瞬、シュヴァルツは、このスライムがかつて己のように人間に操られているのかと思った。
 だが、すぐにその考えを否定する。
 このスライムは正気だ。
 己の意志で、自分の前に立ちはだかっている。
 絶対的強者である筈の自分の前に。

『……貴様、何故邪魔ヲスル?』

「……(ふるふる)」

 スライムは答えない。
 ただ体を震わせ、少しでも自分の邪魔をしようと立ちはだかる。

 更に小さな発砲音が響く。
 闇による自動防御が、銃弾を防ぐ。
 視線を向けると、そこには人間の雌が居た。
 こちらも震えながら、懸命に自分を睨み付けている。

 どちらも逃げようと思えば、逃げれたはずだ。
 それでも、そうしようとしないのは、この雄の為だろう。
 踏みとどまり、懸命に足掻こうとしているのだ。

『成程……良キ群レダナ』

 絶対的強者を仰ぐのではなく、互いに支え合いともに進む群れ。
 こういう在り方もあるのか。

『……良イダロウ』

 敗北の汚名は今雪がれた。
 ならば、『次』を持って決着としよう。
 互いに群れを作り、力を増し、十全たる状態にて、その全てをぶつけ合うとしよう。

『ソシテ、ソノ時ニハ……』

 彼は倒れる柴犬に目を向ける。
 その中に感じる己の番いの気配。まだ目覚める気配はない。
 ならば今はまだ、この人間に預けておくとしよう。
 だが、必ず手に入れる。

『イズレ会オウ』

 口端を裂いて、シュヴァルツは笑い、空を仰ぎ見る。
 夜の闇は遠く、紅の空が広がっていた。

「ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」

 そして高らかに遠吠えを上げて、彼はその場を立ち去った。
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