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  弾 劾 声 明

 金子快之 (やすゆき )札幌市会議員のアイヌ民族差別、侮辱発言を糾弾する!
 
発言の謝罪と撤回、議員辞職を要求する!
 
                                                               2014年11月1
                  「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会・札幌圏
                          (略称、ピリカ全国実行委員会・札幌圏) 代表・白川ただし
                                                ピリカモシリ社
             (賛同団体)
               旭川アイヌ協議会(会長・川村シンリツ エオリパック アイヌ)
               原住、アイヌ民族の権利を取り戻すウコチャランケの会(代表・石井ポンペ)
 
  私たちピリカ全国実行委員会は、名称にも表現している目標を達成すべくアイヌ民族有志と共に活動してきました。結成は1996年です。札幌圏はこの全国実行委員会に所属している仲間たちで構成しています。
 
  1. < >   全面肯定
     金子市議の「アイヌ民族なんて、いまはもういない」というアイヌ民族の民族としての存在を否定する発言は、近代以来の日本国家のアイヌモシリ併合・国内植民地化とアイヌ民族同化・抹殺(民族絶滅)政策および「日本単一民族国家観」の全面肯定であり、そのすべてを集約する発言です。
      日本政府はアイヌモシリを「日本の領土」(北海道)として組み入れ、土地を取り上げ、
    富(資源)を強奪し、鹿・鮭などの捕獲を禁止しました。また「開拓」(植民地化)のために民族の強制移住をくりかえし、コタン(郷里)を破壊し、生活を崩壊させ、貧困、餓死、コレラなどの病気を蔓延させ、民族を虐殺(ジェノサイド)しました。民族名や言語を剥奪し、民族的生活や風俗、習慣を禁止して皇民化(同化)政策を推進しました。  
     さらにアイヌ民族=「滅びゆく民族」論を正当化し、うち固めるために墓地を破壊し、遺骨・副葬品を略奪して差別的「アイヌ研究」をおしすすめました。こうした民族絶滅政策のうえに、1899年には北海道旧土人保護法を制定し、アイヌ民族を小さな荒地に囲い込み、農耕を強制し、アイヌ民族を別学・隔離する「旧土人学校」で徹底的な同化教育・皇民化教育を行ないました。この法によって日本国家はアイヌ民族に対する差別・抑圧と排除の体制を確立しました。北海道旧土人保護法はアイヌ民族「自立支援」の「保護法」などでは全くなく、民族同化・抹殺法です。これらの結果、アイヌ民族はまさに民族存亡の危機に立たされました。
     しかるに金子市議は「北海道旧土人保護法は、就農を希望するアイヌに無償で土地や農具、種子を交付し、自立支援を行うほか、小学校建設など教育奨励や生活扶助、社会福祉など幅広い観点からアイヌへの支援を行うことを定めた法律です。保護法の成立を望んだのはアイヌ自身であり…」(2014年8月29日付「8月22日付公開質問状について(ご回答)」)などとぬけぬけと述べています。今日、北海道旧土人保護法をこれほど全面的に賛美する人が他にあるでしょうか。ここに金子市議の、侵略植民地支配にたいする全くの無自覚、無責任が露呈しています。
     
    (2)アイヌ民族=「滅びゆく民族」論の主張
     アイヌ民族を存亡の危機に落し込め、筆舌につくしがたい惨状をもたらしたのは、
    アイヌモシリ併合・国内植民地化にはじまる抑圧、支配であるにもかかわらず、日本国家はこの真の原因をおおい隠すために、それをアイヌ民族の生来的「劣等性」にあるとデッチあげ、すりかえました。アイヌ民族は社会の進化、発展に立ちおくれた「未開」で「原始的」な民族だから必然的に「滅亡」するという「滅びゆく民族」論が徹底的に流布されました。またアイヌ民族は日本人との混血、同化がすすんで「純粋アイヌはもういない」という「純粋アイヌ滅亡」論に立つ人種差別思想をさかんに吹聴しました。しかしアイヌ民族であれ、日本人であれ、いかなる民族にも「純粋」などというものは存在しません。人類は200万年前頃にアフリカ大陸に誕生し、世界各地に移動し、広がってきたと言われています。それらの人間集団は今日に至る長い歴史の間に、通婚もし、交流し、戦争もしてきました。生きて運動し、歴史的に交流する人間や民族に、血液や頭の形、骨格、肌の色などに「純粋型」があるのでしようか。ましてやその固定的指標で民族を判断することは根本的に間違いです。
      このような「滅びゆく民族」論や「純粋アイヌ滅亡」論のデマとデッチあげをあたかも科学的理論であるかのように欺瞞したのが、北大、東大、京大、阪大などの旧帝国大学と研究者、とりわけ人類学者たちです。彼らは「優勝劣敗」の社会進化論、生物学主義的人種差別論、優生思想をもって、その疑似科学をうち固めました。その最たる学者の一人が「金子市議を応援する国民の会」の河野本道です。体制派御用学者・河野本道は「そもそも『アイヌ』が『民族』として存在したことがあると言えるのか」と、放送大学の講義や自著で一貫して主張しています。アイヌ民族と私たちピリカ全国実の抗議に対して反省も謝罪もせず、今なお開き直っています。
      金子市議は、鬼の首をとったかのように、1955年に『世界大百科事典』第1巻(平凡社)の知里真志保の記述を引用しています。確かに知里真志保は「アイヌはすでに滅びたといってよく、厳密にいうならば、彼らは、もはやアイヌではなく、せいぜいアイヌ系日本人とでも称すべきものです」と書いています。知里真志保はアイヌ民族の学者であり、アイヌ語の復権はもとより、アイヌ語の文法や地名を精密に研究し、日本人学者のアイヌ民族に関するでたらめな放言を弾劾し、「アイヌ研究を正しい軌道にのせるために!」(知里真志保『アイヌ語入門』)奮闘しました。アイヌ民族が深く尊敬する学者です。その知里真志保が上記の記述をせざるをえなかったのは、日本国家や大学、研究機関、学者連中が総がかりでおしすすめてきた「滅びゆく民族」論がいかに根深く、日本社会に浸透していたかを示すものです。1955年当時の日本の国家、社会はいまだ「戦前」をそのままひきずっていました。その後この『百科事典』はアイヌ民族などの批判や訂正要求で何回も書き換えられています。
      以上から金子市議の「アイヌ民族なんて、いまはもういない。せいぜいアイヌ系日本人が良いところ…」、「100%アイヌの血が流れている人がどれだけいるのか」、「先祖代々純粋アイヌという方は少ない」等の発言は、今現在の「滅びゆくアイヌ民族」論の主張以外のなにものでもありません。
     
    (3)「日本=単一民族国家」観と民族排外主義の煽動
     金子議員は「我が国では戸籍や住民票へ『アイヌ』との表記はありません。『アイヌ』を法的に証明する根拠が現行法にないのです」と平然とのべています。なぜ憲法をはじめ現行法にアイヌ民族に関する規定がないのか。それは日本国家がアイヌ民族の民族としての存在を否定し、その民族的諸権利のいっさいを認めてこなかったからです。
     天皇を「国民統合の象徴」として戴く現行憲法は、アイヌ民族のみならず、朝鮮人、中国人など在日の諸民族総体の権利を無視して、偏狭で排他的な「単一民族国家観」を前提に成りたっています。また1871年に制定された戸籍法はアイヌ民族の大地(アイヌモシリ)を奪い、民族名を奪って同化、民族抹殺する装置として猛威を奮ってきました。憲法、戸籍法等をつらぬく「単一民族国家観」は他民族の存在とその権利を無視し排除して当然とする民族排外主義を煽るものです。それは「国民」として平等であるとともに民族としても平等でなければならないという近代国家の理念さえも否定するものです。「日本は単一民族国家」の発言は中曽根康弘首相(1986年)、平沼赳夫経済産業相(2001年)、鈴木宗男議員(2001年)などによってくり返されてきました。
     「単一民族国家観」に立つ金子市議は、国籍と民族の区別もつかず(日本国籍の他民族の存在を認めず)、「同じ日本人なのに…」とか、「日本人として暮らしている中では民族とはいえない」などと平気でのべたてています。金子市議には多民族国家など思いも及ばないのです。
     アイヌ民族の存在をみとめない日本政府は、雀の涙ほどの助成金や福祉対策をもって「アイヌ政策」としてきました。その助成金や福祉対策は、アイヌ民族の民族的諸権利の一片をも奪いつくしたうえになりたっており、決して民族の権利にもとづくものではありません。
     このような助成金や福祉対策でさえ、金子市議は「優遇」だからやめるべきだと言い放っています。また「『アイヌ』であることをどうやって証明するのか」などと言っていますが、自分自身と民族団体が証明すればよいことであり、これもまた民族自決権に属しています。
     
    (4)先住権、民族自決権、民族的諸権利の全否定
     日本政府が一貫してアイヌ民族の民族としての存在を否定してきたのは、その承認が近代以来のアイヌモシリ併合とアイヌ民族同化・抹殺の全歴史の反省を迫り、アイヌ民族の先住権、民族自決権、民族的諸権利が発生するからです。
     アイヌ民族など先住民族をはじめすべての民族は、いずれの国家においても民族的抑圧や差別・蔑視が存在するかぎり、民族自決権を要求する権利をもっています。被抑圧民族は、国家的分離・独立から連邦制や自治権に至るまで、また土地、言語、宗教、文化、教育などに関する民族的諸権利について、民族自身の要求にもとづいて民主的に決定する政治的主権をもっています。
     しかしアイヌ民族をはじめ世界の先住民族は、この権利獲得のために資本主義はじまって以来、実に500年におよぶ苦難の闘いを強いられてきました。1960~1970年代に入って世界の先住民族は、自らの解放組織をつくりだし、国際的連帯を築き、闘いを強化してきました。それは国連をも動かし、市民的および政治的権利に関する国際規約(国連人権規約B規定 1979年)や人種差別撤廃条約(1996年)を発効させました。
     日本政府は、これらの条約を批准しながら、「日本には少数民族は存在しない」とか、「アイヌ民族を少数民族と認めるが、先住民族とは認めない」等と言い張って、アイヌ民族の先住民族としての存在を否定し、ひきつづき同化・抹殺をおしすすめました。その際日本政府は「先住民族の概念や定義がない」ということを理由に自らの政策を合理化しました。これは今もって金子市議や河野本道がさかんに吹聴している詭弁です。
     長い歴史の中で運動し交流する諸民族をかくかくしかじかが、先住民族であるなどという定義などありえません。言語や文化、居住地域、主たる生産労働などは、それぞれの民族の民族性に大きな影響を与えていますが、しかしそれらも諸民族の歴史的な交流によって変化、発展しまた分化していきます。定義が問題なのではなく、抑圧民族が自民族中心の排外主義的民族主義によって、先住民族の独自の民族性と民族自決権を無視・蹂躙していることこそ重大問題なのです。
     世界の先住諸民族の運動の高まりのなかで、アイヌ民族は1984年、近代以来の「屈辱的なアイヌ差別法である北海道旧土人保護法を廃止し、新たなアイヌ民族に関する法律」の制定を要求しました。この法律案は、「日本国に固有の文化を持ったアイヌ民族の存在を認め……民族の権利が保障されることを目的とする」とアイヌ民族の民族的独自性と民族的権利の確立を求めています。しかし1997年に「北海道旧土人保護法」を廃止し、制定された「アイヌ文化振興法」は、アイヌ民族の先住権を含む民族自決権を否定し、アイヌ民族の権利は認めず、伝統文化のみを振興するというものでした。北海道旧土人保護法の同化(民族絶滅)政策について謝罪も賠償もありません。
     世界的な先住民族の権利要求と闘いは、2007年先住民族の権利に関する国際連合宣言(「国連権利宣言」)へと集約されました。それはアメリカ、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージランドなどの反対や消極的対応をうち破り、民族自決権をあらゆる権利の基礎にすえた宣言です。
     日本政府は「国連権利宣言」に賛成しておきながら、その先住権や民族自決権、民族的諸権利の一切を今なお認めていません。衆参両院の「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」(2008年)も民族的諸権利には全くふれず、言葉のうえだけで「先住民族」と認めたにすぎません。日本政府は世界の先住民族の高まる権利要求に逆行し、国際的孤立を深め、その民族政策は完全に破綻しています。
     いまこそ世界先住諸民族とともに「国連権利宣言」に則った、真のアイヌ民族新法をかちとらなければなりません。
     
     以上から今回の金子市議の発言は近代以来のアイヌモシリ併合、植民地支配とアイヌ民族同化・抹殺(絶滅)政策を全面肯定し、「日本単一民族国家観」にたって民族排外主義を煽り、アイヌ民族の民族的独自性と先住権、民族自決権、民族的諸権利を全く否定して民族抹殺を主張するものであり、断じてゆるすことはできません。
     これまで金子市議にたいする批判的な意見がアイヌ民族団体、個人はじめ、市議会各会派も含めて多くだされ、自民党からも除名され、市議会では議員辞職勧告も決議されています。
     しかし、金子市議は公職である議員を現在も辞職していません。そればかりかこれからもアイヌ民族にたいする差別言動を強めると開き直っています。
     金子市議の発言・態度は、市会議員という公職の立場では絶対に許されるものではありません。一市議としての「言論の自由」と言いますが(同じようにかつて河野本道は「学問の自由」と開き直っていましたが)、差別・侮辱する自由などどこにもありません。
     金子市議は、すみやかに辞職し、猛省することを求めます。
    (なお、金子市議の発言をはじめとして、この弾劾声明を裏づける資料を添付します) 
 以 上