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信長の城エッセンスを凝縮させた金森長近の越前大野城へ!【おいでよ!お城】

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金森長近という戦国武将を知っていますか?

肖像画や銅像を見ても
「君の名は?」
ってなっちゃう人も多いかもしれません。

金森長近(1524-1608)は、織田信長に若い頃から仕えた。母衣衆つまり親衛隊の一人です。
信長よりも年上ですので、母衣衆の中でも、前田利家や佐々成政たちのいわばお兄さん役でした。

その後、豊臣秀吉徳川家康に仕え、飛騨高山藩(岐阜県)の初代藩主となりました。
高山藩は飛騨国一国とはいえ、山で囲まれているために石高は3万石台、美濃の一部の領地を含めてもせいぜい5万石ほどでした。

実際には、石高以上に換金性の高い林業のおかげで豊かな国でしたが、石高でランクの決まる戦国大名、江戸時代の大名としては、長近の知名度が低くてもしかたないかもしれません。

金森家はその後、山形県や岐阜県の郡上八幡へ転封を繰り返し、その後、改易されたためことさら印象が薄いかもしれません。

おい天
隕石が落ちて町ごと消えたんじゃないんだ!(←それはアニメ「君の名は」の飛騨の町)

しかし、お城の進化という点でみると金森長近の城というのは非常に重要な存在でありまして。

安土城や小牧山城といった、織田信長による新時代の城郭。
様々な要素から構成される「信長の城」のうち、時代の本流にならなかった部分が、長近によって継承・進化され、「変態化」(動物が成長過程で形を変えるという意味です、こほん)したのが、長近の城だからです。

 

おい天
上のような雲海に浮かぶ城となるのは1年でも数日~10日ほどとのこと。撮影できたら相当にラッキーなのだそうです

この長近が築いた代表的な3城。

・越前大野城(福井県)
・飛騨松倉城
・飛騨高山城(岐阜県高山市)
上記の3か所見に行こう! という1泊2日のバスツアーが2017年12月に開催されました。

もちろんただのバスツアーではございません。
城郭考古学者・千田嘉博奈良大教授と共に探訪するもので、その様子を漫画家の小久ヒロさんに描いていただきました。

今回は「大野城」と「高山城」の2城にフィーチャーして、お城に妙に詳しい「おい天ちゃん(おいでよ天下人の城)」とお伝えします! レッツじょー!

おい天
まずは福井県の越前大野城へ!天空の城、インスタ映えする風景として最近有名ですが、長近の城といえば、昔から変態的、いや変な城だって、城マニアの間では知られていたんですって

おい天
今ある模擬天守はまったく当時を反映していないので、がんばってイメージしてね。大野城図は模擬天守の1階にもパネルであります(12月~3月は閉館)

おい天
長近は大野城を安土城とほぼ同時期に造っています。親衛隊なので、信長が安土城でどんなことをやろうとしていたのか知っていたのでしょうか。あっ、一足早く城の一番上にのぼって、下からのぼってくる人たちを見下ろすのは。。。ちょっと気持ちよかった
おい天
信長は、城本体だけでなく「城下町」でも大きな革命を起こしていたんですね。そのオリジンは最初に造った小牧山城にまでさかのぼることができます。漫画の1枚目のラインの「小小牧」は打ち間違いではないのですキリ

 

漫画の後半「飛騨高山城」はあした公開します。こちらをクリックしてください。

解説「信長の城」から「秀吉・家康の城」に伝わらなかったものが遺された「長近の城」

安土城に代表される石垣や天守のある信長の城は、その後、豊臣秀吉や徳川家康ら天下人によって継承、発展し、姫路城や名古屋城をはじめとする今私たちがイメージする「お城」の形へと進化していきました。
しかし、織田信長の城の要素が全て秀吉や家康にも取り入れられたわけではありません。

例えば、戦国時代や江戸時代のドラマなどにある、武将や殿様が天守閣の上から城下町を見下ろして、自分の野望などを語るシーン。
歴史上の武将や殿様も、あの一番目立つ天守閣に住んでいたと思っている人も多いのではないでしょうか。

ディープな歴史ファンはご存知の通り、天守閣は基本的に住む場所ではありませんでした。普段、兵器の倉庫などで使われ、生活感はないのです。
ところが、織田信長は違いました。信長は安土城の天守に住んでいました。その前の岐阜城でもわざわざ山の上に住んでいました。

おい天
高いところが好きだったんですね。なんかイメージ通り。

豊臣秀吉は天守のあり方を変えました。大坂城には天守も作りますが、実際に住んだのは、その足元にある大きな平屋建ての「御殿」でした。徳川家康をはじめ、ほとんどの戦国大名たちは天守に住むことなく、御殿を立派なものにしてそこに住んだのです。

考えてみればエレベーターやエスカレーターのない時代に3階、4階、5階と非常に急な階段を和服を着て、毎日上り下りするのは非常に不便ですよね。

それよりも、信長の城の最大の特徴である石垣構築の技術で、曲輪の面積を自由に広く使えるようになったことで、平屋建てのひろーい建物が便利となりました。威厳だって、なにも高いところにいなくても大丈夫。
例えば大坂城には、千畳敷、つまり1000枚の畳が敷かれたという広い大広間がありました。
織田信長は安土城で自分の家である天守から飛び出たテラス(千田先生の説)から、外の広場に部下たちを集めて、上から見下ろして威厳を示しました。

おい天
それもまた人間の見せ方でしょうけれども。常にそうしたことをやるのは、雨が降るかも知れないし、話はちゃんと届かないし、面倒ですね(たぶん)。

豊臣秀吉は、異常に広い部屋に部下たちを集まらせて、そこの奥に少し高いところを設け、自分がどんと座るだけで、十分に効果的と考えたのでしょう。
結果的に、大多数の戦国大名たちも、この合理的な秀吉方式を採用しました。

しかし、信長のこの天守という一番目立つところに住み、さらに部下たちをテラスから見下ろすという。この感覚!この優越感!にひどく影響され、同調したのが今回の主役の金森長近だったわけです。
いわば、生物が進化していく上で過剰なまでに進化させたものの、あまりにもやりすぎたために滅んでしまった長い牙のサーベルタイガーみたいなものかもしれません。

おい天
長近はサーベルタイガー!なんかかっこいいぞ

漫画の後半、「飛騨高山城へ」はあした公開します。
マンガ・小久ヒロ(ツイッター
文・おい天
取材協力 千田嘉博
復元画提供 富永商太

名称 大野城 (亀山城)
築城 慶長14年(1609)
スタイル 平山城
城主 金森長近→青木・織田・結城・土屋・小栗・松平氏らを経て→土井氏(天保2年<1682年>から明治維新まで)
歴史 天正3年(1575)8月、朝倉氏の越前を攻める織田信長軍として、美濃国経由で大野へ侵攻した金森長近は、信長から大野郡の3分の2を与えられた。翌4年頃から、大野盆地の独立丘陵である亀山に築城、東麓に城下町の整備を開始した。安永4年(1775)の城下の火事で城も延焼し、全焼。その後、江戸時代には山頂の建物は再建されなかった。
特長 山頂部の本丸は、地形に沿った野面積みを中心とした石垣の上に、大天守と小天守と天狗書院という三つの建物が連結した建物群が建っていた。ただ、「天守」と呼ばれたのは江戸時代の絵図によるもので、見た目は一部2階建て御殿形式であり、通常の「天守」や「御殿」が持つイメージとはかけ離れた形態だった。現在の天守閣は、昭和43年(1968)の鉄筋コンクリート製の模擬天守で、江戸時代の絵図などは反映されていない。
模擬天守閣(資料館) 【4月~11月まで開館。冬季は資料館は閉鎖、ただし城跡にはのぼれます】
4月~9月 9:00 ~ 17:00
10月~11月 6:00 ~ 16:00 *雲海シーズンは早朝から
アクセス情報 福井駅(JR越美北線または京福バス)→ 越前大野駅下車、徒歩15分で麓。そこから徒歩10~20分ほど。西北の麓に無料駐車場あり。城下町側にも少し離れたところに無料駐車場あり。

問い合わせ、参考 問い合わせ:越前大野城公式ウェブサイト 参考 http://www.onocastle.net/access/



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