川中島の戦い前に謙信が協力依頼
現在の新潟県に当たる越後の戦国武将、上杉謙信が「川中島の戦い」に関連して現在の茨城県に当たる常陸の武将に送った書状が、新潟市で保管されていたことがわかりました。
書状は川中島の戦いに向けて協力を依頼する内容で、専門家は「当時の上杉謙信の戦術がわかる外交文書の原本とみられ、歴史的な価値が高い」と話しています。
この書状は永禄7年(1564年)、当時、常陸を本拠地としていた戦国武将、佐竹義昭に宛てて謙信が川中島から送ったもので、現在の山梨県に当たる甲斐の武田信玄と戦う覚悟が述べられています。
そして当時、武田信玄と同盟関係にあった現在の神奈川県に当たる小田原城を本拠地とした北条氏康の動きを佐竹が押さえるように依頼しています。
書状の最後には上杉謙信を意味する「輝虎」と記されています。
この書状の調査をしている上越市公文書センターの福原圭一上席学芸員は「川中島の戦いに直接関わる資料で保存されているものは少なく、重要な発見だ。この書状の原本は明治時代ごろまでは佐竹家に伝わっていたが、その後行方がわからなくなっていた。今回見つかった書状には戦国時代に上杉謙信自身が使っていた花押が押されている。保存状態も非常によく、驚いた」と話しています。
この書状を現在所有している新潟市西区の後藤治公さんは「新潟にゆかりがあるものなので大事にしたい」と話しています。