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第四百三十五話 届かない声
タチバナが突然上空から出現したのは日色の視界にも入っていた。大志の魔法攻撃を、《太赤纏》を使っての神速の動きで回避しながら、彼女を観察する余裕さえあった。
「くっそがぁぁぁッ! 避けるなオカムラァァァァァッ!」
人間の時とはうって変わった様相を呈している大志。殺意に満ちた表情で翼を広げながら高みから睨みつけている。
(あの女……味方みたいだが、一人であの化け物とやる気か?)
化け物というのは、こちらも変わり果てたビジョニーのこと。あの大志でさえ、《魔石》を利用すると、その実力が大幅にアップし、《太赤纏》を使わなければならないほど向上した。
元々強力な魔法を使う強者のビジョニー……しかも『魔族化』した相手に一人で挑めるほど実力があるのか判断がつかなかった。
ただこの空間に自在に入ってきたということは、アヴォロスの魔力を打ち破れるほどの力は備えているということ。それだけの力は持っていることは判断できる。
「いつまでよそ見をしているのだオカムラァッ! 俺はこちらだぞっ!」
空にいる奴が本当に喧しい。いくら『魔族化』したところで、元々の実力が桁外れなので、日色が本気を出せば攻撃など受けないほどの差がある。
(あっちも気にはなるが、まずはこっちをどうにかしておくか)
日色はピタッと足を止めると、上空に浮かぶ大志を睨みつける。するとニタァッと大志が笑う。人間の時は女性の目を惹くほどのイケメンだったのに、今ではその面影はほとんど失われている。血に飢えた獰猛な獣のような表情だ。
「死ねぇっ! サンダーブレイクッ!」
彼が前方へと差し出した右手の人差し指から黒い雷が落下してくる。日色は《絶刀・ザンゲキ》を抜き、上空に構えて、そのまま下に振り下ろした。
「《熱波斬》っ!」
紅き斬撃が黒い雷に向かって飛んでいく。大志は自分の魔法の方が強いと疑っていないのか、終始笑みを浮かべたままだ。しかし彼の希望は叶わず、日色の斬撃があっさりと雷を弾き、大志の左の翼を切断した。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
当然激痛とバランス不能により地上へと落下してくる。ドガガガッと地面を擦るように落ちた大志に日色はゆっくりと近づく。
「もう分かっただろ。諦めろダメ野郎」
「ぐ……何を……諦めろって……?」
それでも大志は歯を食い縛りながら立つ。
「た、たかがこれしきのことで……!」
すると大志はフィールドに存在する木に向かって走り、驚くことにその木をおもむろに食べ始めたのだ。
さすがの日色も突然気が狂ったかのような大志の様子に唖然としてしまう。しかし次の瞬間、何故彼がそのような行為に走ったのか理由が判明した。
切断したはずの部位から、徐々に新たな翼が再生し始めたのだ。一本の木を丸々食べ尽くした大志。よく見ると体中の傷が消え、元通りになっていた。
「ぐはぁ~」
「……お前、ホントに元人間か?」
ギロリと目を剥く大志。
「俺が人間じゃないわけないであろうが!」
「……ホントに哀れな奴だな」
「……何だと?」
「そんな姿になってまで何を成したいのかは知らないが、アイツらの言葉さえ届かないのであれば、お前はもう終わってるんだよ」
日色はある場所を指差した。そこには一つの戦場があり、そこから日色、いや大志を見つめて言葉をかけ続けている千佳たちがいた。
大志は千佳の姿を見てズキッと、まるで頭痛でもいたように顔をしかめる。
「……そうだ、俺はオカムラを殺して地球へ帰るんだ」
「オレを殺して? ……呆れたもんだな」
「……?」
「あのテンプレ魔王の言うことがどうして信じられる? 散々利用されてきたのに何故だ? お前はバカなのか?」
「ぐ……そ、それは……」
「何を根拠にして奴の言うことを聞けば、地球に帰れると思っているのか知らんが、奴にとってお前は体の良いただの捨て駒に他ならない」
「……!?」
「あそこにいる女もそうだ。恐らく、戦えばお前を解放してやるとか何とか言われたんだろ? 互いが人質になっている状況。そんな状況でお前はホントに奴の言う通り、地球へ帰らせてもらえると思っているのか?」
日色の言葉で徐々に意気消沈していく大志。彼の浅慮過ぎる行動に日色は苛立ちが増していく。
「まあ、お前が帰りたいと思っているのは理解できる。この世界に勇者として召喚され、人々にもてはやされ、国の英雄として信頼を置かれていたお前が、その国を裏切り、敵である奴の下について世界を破滅に導こうとしているんだからな。とんだ転落人生だ」
「う、うるさいっ! おおおお俺だって頑張ってるんだっ!」
「頑張るのは当然だ。こんな世界で頑張りを止めたら、異世界人であるオレらはすぐに人生の破綻を迎えるに決まってる。だがな、お前の頑張りってのは、自分が良ければ他人を不幸にしてもいいってことが前提なのか?」
「そ、そんなわけがないだろうが! 俺には俺の正義があって―――――」
「なら何故今、お前はここに立ってる?」
「っ!?」
「何も考えず、ただ流されるままに行動した結果がこれだろ? 人間の王に騙され、ろくに戦いの経験もないまま戦争に参加し恐怖で震え、テンプレ魔王に捕縛され、今度は獣人の国を襲い、奴らの大切なものを破壊。さらにはその人間の国に攻め入り、こうして【ヴィクトリアス】は消滅した。これのどこに正義がある?」
「う……」
反論できずに大志はただ顔を俯かせることしかできていない。
「お前はただ逃げ続けてるだけだ。自分が起こした結果を振り返るのが怖くて、この世界にいればいずれ糾弾されることが恐ろしい。だから今のうちにここから逃げたい。平和な日本へ帰りたい……違うか?」
「…………」
「沈黙は肯定ととるぞ。そもそも仲間として認めた者たちを見捨てて、自分一人で地球へ帰るという選択が有り得ん。何だその不愉快な選択は?」
「ち、違う! 俺は千佳と二人で帰るんだっ!」
「二人? お前の仲間は三人いるだろ?」
「そ、それは……だって……アイツらはこの世界でも十分にやっていけるし……それに……」
「ほう、【ドーハスの橋】でお前はアイツら二人を攫おうとしたと聞いた。それはあの二人も一緒に帰るため……じゃないわけだな?」
日色の問いにバツが悪そうに顔を歪める大志を見て、思わず日色は呆れかえって溜め息が漏れた。
「つまり二人を攫ってこいとテンプレ魔王に命令されたのか……。ということは、その二人を攫ってくれば、お前とあの女の二人は地球に戻してやると言われたか?」
「ぐ……」
本当に分かり易い態度だった。的を射ていると十分に納得できるほど、大志の反応は事実を如実に語っていた。
「……どうしようもない奴だなお前は。呆れてものが言えん」
「……しょうがないんだ……だってこの世界は……戦いばっかりで……裏切ってばっかりで……」
「それを何とかするためにお前らが呼ばれたんだろうが」
「あ……」
「結局お前は自分に都合の良い世界を求めてるだけだ。世界なんてどこも理不尽さが付き纏う。楽しいことだけじゃなく、辛いことも悲しいこともあるのが現実だ。その現実に立ち向かって、自分を保つことが戦うってことなんだよ」
「……うぅ」
「お前は今、アイツらの声が聞こえるか? 聞こえないんだろうな。必死にお前を呼ぶ声すらも届かない。それが何故か分かるか?」
「…………」
「お前がただ現実から逃げて、目を、耳を塞いでるからだ。分かりやすく言ってやろうか? 今のお前は、ただのクズ野郎なんだよ」
日色の耳には、先程から必死に大志の名を呼び、正気に戻るように促している千佳、しのぶ、朱里の声が聞こえている。
だが今の大志には彼女たちの悲痛な呼び声も届いていない。それは彼自身が全てを拒絶しているからだ。
「俺は……俺は……」
大志の身体から殺気が失いかけ始めた時、日色はどす黒い魔力を感知した。
「うぐっ!? あ、あああうううああぁぁぁぁぁぁああああっ!?」
大志が急に胸を押さえて蹲った。一体何事かと思った日色だったが、原因は先程感じた魔力だと判断した。それはアヴォロスから放たれており、その魔力に呼応するかのように大志の胸の中にある《魔石》がドクンドクンと脈打っている。
(テンプレ魔王……何をしてやがる!?)
日色は咄嗟に大志から距離をとって様子を見守る。千佳たちは苦しんでいる大志に精一杯叫んでいる。
日色は遠目に見えるアヴォロスを睨みつけていると、彼の口角が愉快気に上がったのを確認した。その瞬間、日色が立っている戦場がゴゴゴゴゴゴゴゴと地鳴りを響かせ動き始めた。
(何だっ!?)
すると、千佳たちが立っている戦場も動いているようで、次第に二つの戦場が近づき合体してしまった。そして千佳たちは慌てた様子で日色たちのところまで駆けつけてきた。
何故このようなことをしたのか分からず、苦しんでいる大志を一瞥して、再びアヴォロスを睨みつける日色。
「ククク、サービスステージだヒイロ。そこにいる者たちと手を組み、バケモノを退治するがよい」
アヴォロスの拡声器を使ったような声が届いた刹那 獣の咆哮のような声を上げながらどす黒い光に包まれていく大志。
それに千佳が触れようとしたので、
「触るなっ!」
日色が注意をすると、千佳もビクッとして手を止めた。すると大志から周囲に向かって衝撃波のような風圧が放たれた。
「くっ!?」
「「「きゃあぁぁっ!?」」」
日色は《太赤纏》のお蔭で、吹き飛ばされずに踏ん張ることはできたが、近くにいた彼女たちは日色よりも後方へ吹き飛ばされてしまった。
そして大志はというと、蹲っていた状態から静かに起き上がった。
(こいつは……)
日色は彼の目を見た時、とても正気ではないことを悟る。漆黒の中にポツンと赤い眼が置かれている。そこには大志の意志が感じられずに、ただ敵意と殺意が凝縮されたような負の感情が伝わってきた。

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